ライフイズビューティフル

訪問記/書評/勉強日記(TOEIC930/IELTS6.0/HSK5級/Python)

ウォール街の物理学者 | それでもクオンツは夢を追う | 2020年書評#22

ブラック・スワンの著者タレブが力説したのはこの世にある不確実性については予測できないから仕方ない。という元も子もない主張でした。

予測できないほどに大きな出来事(ブラック・スワン)はいつの時代にも起こりそれに備えるのは無理だと言うのです。

ohtanao.hatenablog.com

一方で、ジェームズオーウェンウェザーオールクオンツの可能性を信じる人間です。

世界で一番優秀なファンドマネージャーは今の所、ジェームズ・シモンズです。

www.axion.zone

ルネサンステクノロジーズはウォール街の人間を雇わず、シモンズ自身と同様に物理学、数学、統計に成熟した人間のみを雇い大成功を収めている。

ウォール街の物理学者はある種ブラック・スワンに対するアンサー的な内容でもあり、金融の世界でも予測が可能であるという主張のように思う。

バシュリエという不遇の天才

本書の物語は、金融市場の価格予測のスタートをたどっていきます。そこで最も昔に価格予測を始めた人間がバシュリエというひとりの天才でした。

元々、数学理論を賭けに応用しはじめたのはカルダーノと呼ばれる人物でギャンブルに明け暮れていました。サイコロの目の出やすさについて確率論を初めて体系的にまとめた人物です。

その後、ド・メレにより大数の法則が見いだされるなど確率論の基礎となる考えが整備されていきます。

バシュリエはこれら16〜17世紀に発見されていた確率論から金融市場を数学的に理解しようと試みます。とても素晴らしい論文を書き上げるのですが、問題は時代が彼に追いついておらず査読側のミスもあり、まったく評価されませんでした。

しかし、ランダムウォークの概念はバシュリエが提唱したものであり、彼のモデルは死後にサミュエルソンマンデルブロ、オズボーンなど異分野から経済学の分野にやってきた者たちにより正当な評価を受け始めます。

diamond.jp

世界初の自動投資プログラムの設計

オズボーンは「株式市場のブラウン運動」の論文をまとめます。株価のランダム性についてまとめたこの論文はバシュリエの論文の存在を知らずに書き上げられました。

当時、金融と物理学を結びつけた考えは大学などであまり評価されず、また実際の投資の世界で利益を出すのは著者のオズボーン自身も難しいと考えます。

オズボーンは株価のランダム性を主張する一方でランダム性のない部分にも目をつけます。その一つが株価注文の時に投資家がきりの良い数値で注文することに着目しました。

当時の株価注文は8分の1ドル単位から注文できましたが、多数の投資家は1ドル単位で注文を出します。10ドルで買いが多く出ている注文を見つけ10.125ドルで注文をすればすぐに買いが成立し、また10ドルで買いが出ているため大きく値下がりする前に損切りできる。運が良ければ11ドルになって儲けられる。

プロの投資家は8分の1ドル単位で注文するため、その日の取引で価格変動が1ドル上下しているのか、8分の1ドル単位で上下しているのか探し、注目されている銘柄も分かる。

これは世界初の自動投資プログラムでした。

フラクタル理論の発展

次に金融と物理学を結びつけようと挑戦したのはマンデルブロです。マンデルブロフラクタルという言葉を考えだした人間でもあります。

イギリスの海岸線を正確に測定するには、という問から自己相似性についてマンデルブロは目をつけます。幼いころから図形に結びつけた考え方をとても得意としていたようです。

ただし、彼も戦争によりパリからリヨンへと移りすみ田舎からきた学生として学校に潜り込むなど不遇の時代を過ごします。ただし、その時に受けていたとてもハイレベルな授業は彼にとって大きな影響を与えるものだったようです。

その後フランスがドイツの支配下から抜けると学問へと戻りIBMへと就職。その際に、ランダムウォークの確率分布について正規分布が当てはまらずレヴィ安定分布などを用いたほうが説明がつくことを導き出し金融と物理学の結びつきに大きく貢献します。

残念ながらその後は金融よりも気象など他の分野の確率へと興味が移りますが、マンデルブロファットテール分布の考えは多くの金融論に取り込まれました。

プリンストンニューポートというクオンツヘッジファンド

プリンストンニューポートは約20%のリターンを叩き出したクオンツ系のヘッジファンドです。物理学的・数学的考え方を基礎とした初めてのヘッジファンドであり、その成功は多くのクオンツヘッジファンドの成り立ちの支えとなりました。

プリンストンニューポートの創設者ソープは元々ディーラーをやっつけろ!という本にあるようにカジノで数学的考えを元に利益を出していました。

ブラックジャックやルーレットにて数学的思考を持ち込み最大限利益が出やすい状況でかけに出る手法を考えます。

西海岸を離れるのを機にソープは株式市場へと戦場を移します。デジタルヘッジと呼ばれる手法で空売りと買いを組み合わせて損失を抑える手法にて利益を出していきます。

ソープは後に株式市場をやっつけろ!という本を出版しそこに目をつけたリーガンというブローカーと一緒にヘッジファンドプリンストンニューポートを設立。

その後、プリンストンニューポートが幕を閉じるまでの20年間で約19%のリターンを得ました。この圧倒的な数値は多くの投資家たちに影響を与え、コンピューターを活用した統計的手法による資産運用の新時代を切り開いたとウォールストリート・ジャーナルに評されました。

物理学がウォール街にやってきた!

時代が進むにつれて物理学が株式市場へと流れ込んできます。そのさきがけとなるのはCAPMを作り出したブラックです。ブラックはブラック・ショールズ・モデルにより価格を恐ろしく正確に予測していきます。

しかし、ブラック・ショールズ・モデルは大きなブラックマンデーの株価暴落後精度を欠くものとなりました。

オコナー&アソシエイツはブラック・ショールズ・モデルの限界を理解し修正をします。

ブラック・ショールズ・モデルが導入され、市場の結果を見て修正されていくという過程はウォール街に新しい常識をもたらし、クオンツの重要性を認識させる出来事になりました。

失敗と修正をくりかえして改善を続けるという科学的プロセスは、ウォール街の新しいスタンダードとなります。

www.nakedcapitalism.com

次に挙げられるのはプレディクションカンパニーです。ファーマーとパッカードというカオス理論の研究者によるファンドはファットテールや激しいランダムさなどの統計的性質を扱うことになれていました。

www.opalesque.com

彼らが成熟させた手法の一つにペアトレードがあります。プレディクションカンパニーは時にS&P500のリターンを100倍も上回るリターンを出したこともあるというほど猛烈な利益を出していたようですが、ファーマーは学問の世界へ戻り、パッカードは別会社を立ち上げた創設者は会社を離れました。

プレディクションカンパニーの成功は統計の深い知識を用いて金融市場へ適応させるクリエイティビティがあればウォール街をやっつけることも可能であることを示してくれました。彼らが生み出したブラックボックスモデルと呼ばれる中身がわからないがうまくいく理論は、クオンツ批判の的となることもありましたが、多くのヘッジファンドでこのモデルは採用されることになりました。

市場の暴落予測をした人間もいます。ディディエソネットは1997年に起こった株価大暴落を予測しプットオプションを貯めます。10月27日の市場大暴落を機に400%のリターンを叩き出します。

ソネットは元々ケブラーの破壊現象を専門にしており、物理学の臨界現象に長けていました。バブルの検出と崩壊予測をしたソネットはその逆のアンチバブルも予測し日経平均の急上昇も予測します。

www.axion.zone

最後に紹介されているのはワインシュタインとマラニーです。ゲージ理論を用いて経済学を説明しようとしました。

さいごに・どんな人におすすめか

タレブがブラック・スワンで説いた不確実性があるからどんな数理モデルも役立たないということに対するアンサー的な本書。

物理学がどう株式市場へ導入されはじめ、結果を出すことで認められ、クオンツヘッジファンドが出てくる様子をとても詳しく書かれており興味深かったです。

一通り歴史を知るという点でも面白いですし、またそれぞれの理論についてもある程度詳しく書かれているのでクオンツアルゴリズムトレードに興味がある人にとってはとても良い本だと思いました。

著者のジェームズオーウェンはタレブの言説は理解しつつも、どの分野においてもそうやって科学は未知のものを理解するために使われ修正され発展してきたと信じる人間です。

タレブの主張は理解できないことも無いですが、不確実なことが起こるから「考えるのを辞める」のでは発展の余地が無いと思うのが科学者です。

ソネットがドラゴンキングを予測しても、将来未知の不確実性が発生すればまたクオンツに批判的な声が上がるのでしょう。

ただし、シモンズ率いるルネサンステクノロジーズの活躍が科学的なアプローチは有効であることを証明しているように思います。