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人新世の「資本論」 (集英社新書) | 斎藤幸平 (著) | 2022年書評#9

2021年新書大賞になった人新世の資本論を読みました。

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📒 Summary + Notes | まとめノート

人新世の資本論

2021新書大賞を受賞した本著。人新世(ひとしんせ):Anthropoceneという言葉はあまり一般的で無いように思います。地球はビル、アスファルト、マイクロプラスチックなど人工物によって覆い尽くされた人間活動の痕跡が見られるこの年代を人新世と呼びます。

本著の主な主張は気候変動に焦点を当て、資本主義による物事希少化や商品化が結果として大量消費社会を生み出し、マルクスの晩年の研究ノートから学べる新しい資本論的視点を参照しヒントを得ながら解決策を論じていきます。

とてもおもしろく、さすが新書大賞!と思う一方で、亡きマルクスの意思を現在の学者たちで解釈を進めある種主張に根拠を強めるために解釈を活用している部分もあるように感じます。

ただし、主張する問題提議や資本主義の問題点というのはまさにそのとおりであるなと思います。本書でも書かれているようにもう後戻りができているところまできている気候変動を何とかするために「脱成長コミュニズム」がなぜ必要なのか、本書をもって学んでみるのも興味深いように思う。

気候変動と経済のバランス

気候変動について二酸化炭素温室効果ガス)が影響しているかどうか。2018年のノーベル賞でイェール大学のウィリアムノードハウスが受賞しこの主張が公に認められ議論に終止符を打ったように思います。この本で最後まで繰り返し主張されるのはノードハウスを始め多くの学者は問題の原因を突き止めた一方で、経済と環境保全のバランスが悪く原因を認識しつつも経済優先の目標しか掲げられなかったということがあります。

どのくらいヤバいのか?ということについて、ポイント・オブ・ノーリターン(もう戻れない点)はすぐそこまできていると言います。2100年までに温度上昇を産業革命前の気温と比較して1.5度未満に抑え込むことを科学者は求めているがそうするために、2030年に二酸化炭素排出量は半分、2050年までにゼロにしなければならないとされています。

CO2の排出が多いの圧倒的に先進国側で、アメリカ、中国、インド、ロシアで50%を超えます。日本は第5位に位置しており、高排出側の国です。その影で負の側面を受ける地域をグローバルサウスと呼ばれ、例えばバングラデシュの繊維産業やチリのリチウム、コンゴのコバルト採掘など先進国側の資本主義のために人権が守られない労働環境や、循環できないレベルの採掘活動が行われています。先進国はこれらの負の側面を全力で不可視化します。

これらの問題を考える中で国連がSDGsを唱えていたり、日本ではエコバッグの活用などの運動が始まっていますが、こんなマイルドな活動ではもうどうしようもできないためもっと大規模な変革が必要と主張します。

グリーン・ニューディールという希望?

資本主義側の人間たちであるトーマス・フリードマンやジェレミー・リフキン、バーニー・サンダースジェレミー・コービン、ヤニスヴァルファキスという著名人たちがグリーン・ニューディールを掲げます。トーマス・フリードマンは「グリーン革命をビジネスチャンス」とみなして成長を続けるべきと言います。さらにはロックストロームが提唱したプラネタリーバウンダリーを影響を受けたSDGsというガイドラインができます。

https://www.youtube.com/watch?v=RgqtrlixYR4

2019年にロックストロームが新たな論考を世に出します。タイトルは「緑の経済成長という現実逃避」。経済成長を取るか気温上昇の抑制どっちかしか取れないと、今まで両者を追うといった意見から自身の論考を変える衝撃の発表をします。

いやいや、効率化により両者を追えるのでは?というデカップリングの希望を持つかもしれないが資本主義の元ではその希望は無いと言います。効率化により雇用者の減少は、資本主義の敵です。雇用を守るために経済成長をしなければなりません。「生産性の罠」「経済成長の罠」と言います。ティムジャクソンは成長なき繁栄でデカップリングの困難さを紹介します。イギリスの産業革命時に石炭の効率的な使用により石炭の使用量は低下するかと思われたが、使用量はむしろ増加します。資本主義を諦めるか、環境を守るか。

EVも議論される点があります。走行時のCO2は減るものの、リチウムやコバルトの採掘元はチリやコンゴ。先進国の富裕層が出すCO2を抑えるために犠牲にされるのは貧困層が多い途上国です。鉱物産出量はどんどん増えており、脱物質化が起きない限りこの流れを止めることはできないでしょう。

脱成長と唱える理由が見えてきました。

さて、そうしたら資本主義の中でどう脱成長をしていけば良いのでしょうか。ラワースのドーナツ経済学を見ていきましょう。ドーナツ経済学では外側に行けば行くほど超過しプラネタリーバウンダリーをこしてしまうがある程度の範囲は人類にとって安全で公正な範囲があるとしています。簡単に言うと持続可能なレベルのことで、循環資源であれば循環規模内でどうにかできる範囲と考えられそうです。それでは、今の国はどうか?アメリカなどではもうプラネタリーバウンダリーを超してしまっている項目が大量にあると言われています。一方でプラネタリーバウンダリーの超えてしまっている項目が少ない国は途上国。

ドーナツ経済学のちょうどいい範囲をグローバル規模で相殺しあうと先進国のつけを途上国が払う構図です。

これは、年配者と若者の間でも同じことです。日本のバブル経済を体験して環境破壊を推し進めてきた世代は若者につけを回してきて自分たちの居なくなる頃異常気象が起きてくる。

脱成長と資本主義の両立が難しそうな事が見えてきます。

マルクス的考えを活用

そこで著者はこの人新世の時代、マルクス復権を考えます。

マルクスの考え方から「コモン」と呼ぶ社会的に共有され管理されるべきアイテムの大切さを問います。水や電力、病院など生活する上でエッセンシャルなものに対してはコミュニズム的考えで共同管理していく必要があります。

著者含むマルクス主義の学者たちの中では近年、マルクスの研究ノートから今までのマルクス主義よりも新しい発見や解釈を見つけてきています。

「生産力至上主義」「ヨーロッパ中心主義」的であるマルクスの「進歩史観」はマルクス主義・主張の軸となるものでした。しかし近年のマルクスの研究ノートからは晩年の自然科学への理解を深める中での考えの変化が見られます。より持続可能な経済発展を目指す「エコ社会主義」の考えです。持続可能性を考える中で、マルクスは共同体自治への考えも強くなります。

マルクスの考えは、生産力至上主義による経済成長重視のものから、エコ社会主義による経済成長と持続可能性の両輪を追い求める考え、そして晩年には脱成長コミュニズムという持続可能性を大切にする思想へと変化していったと言います。

現代の人々が向き合っている課題について当時既に向き合っていたのでしょうか。

資本主義、加速主義

それでもまだ資本主義をしながらも環境保全できるのでは、というような加速主義的な考えもある。代表的なのはアーロンバスター二による考えでしょう。この考えもかなり極端ではありますが、新技術の活用により先進国も途上国にも幸せな解決策があるという考えで、小惑星から資源が採掘可能になるであろうや、化石燃料が無くても太陽光や地熱など潤沢に存在するエネルギーが活用できる、など楽観論です。

この加速主義的な考え方で想像できる結論は石油を最後まで絞り出そうとするのと同じで地球から資源を絞り出そうという結論でしょう。

資本主義は公共財であるコモンの水をボトルに詰め込み富と交換します。希少性を生み出せば資本主義ではお金を生み出せるため、ブランド化し広告により消費を促しています。人々は希少性に振り回されるのではなく「有効性」を見つめなければいけないと言います。

脱成長コミュニズムのために

さて、そしたらばどうやって脱成長していくのか本書の案を見ていきましょう。

  1. 使用価値経済への転換:使用価値に重きを置いた経済に転換し、大量生産・大量消費からの脱却
  2. 労働時間の短縮:労働時間を削減して、生活の質を向上
  3. 画一的な分業の廃止:画一的な労働をもたらす分業を廃止して、労働の創造性を回復させる
  4. 生産過程の民主化:生産のプロセスを民主化を勧めて、経済を減速させる
  5. エッセンシャルワークの重視:使用価値経済に転換し、労働集約型のエッセンシャルワークの重視を

本書を読んで

最近Youtubeで良く見かける齋藤幸平さんの著書。ざっくりとした印象は環境問題をベースにマルクスから着想を得て資本主義へ疑問を投げかけていく内容だと認識している。

本書がこれだけ売れている事を考えると、ある種人々が疑問に思っていた事を代弁してくれているように思います。

先進国は地球の悲鳴に気づきながらも経済成長をやめられずにSDGsのようなマイルドな「何かしている感」を呼びかけ、目標到達のためには明らかに低いアクションを呼びかけることしかしていません。資本主義は麻薬のようなもので、基本的にはじゃぶじゃぶものを使ってお金の回転を早くし経済を潤していく。脱成長はたしかに必要な考え方のように思います。

そこから少し疑問なのは、わざわざマルクスに着想を得なくて良い気がしますし、科学技術の発展によりスマートグリッドなどで電力を効率よく活用するなどエコに貢献する成長も多々ありますよね。コミュニズムは割と定期的に出てくる話題でロマンチストなイメージですがいつになっても現実にならないように感じてしまいます。

一方で、資本主義の限界や民主主義の限界は感じる事も多いのは確かです。その中で本書のような問題提議が人気になる、というのは一つの時代を感じます。

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📚 Relating Books | 関連本・Web

  1. https://ja.wikipedia.org/wiki/人新世 人新世
  2. https://amzn.to/3s7MEoo 気候カジノ 経済学から見た地球温暖化問題の最適解 Kindle版 ウィリアム ノードハウス (著), 藤﨑 香里 (翻訳)
  3. https://ja.wikipedia.org/wiki/オランダの誤謬 オランダの誤謬
  4. https://amzn.to/3s4strv グリーン革命
  5. https://amzn.to/32JUXy3 成長なき繁栄
  6. https://amzn.to/3ofe5M6 エネルギーの人類史 上 Kindle版 バーツラフ・スミル (著), 塩原 通緒 (翻訳)
  7. https://toyokeizai.net/articles/-/443719 ドーナツ経済学
  8. https://amzn.to/34msBKC ドーナツ経済学が世界を救う 単行本 – 2018/2/10 Kate Raworth (原著), ケイト ラワース (著), 黒輪 篤嗣 (翻訳)
  9. https://mega.online/ja/記事/世界の裁判所で環境を守る
  10. https://synodos.jp/library/27328/ テクノロジーの恩恵を万人に、すべての人々に贅沢を!――『ラグジュアリーコミュニズム』(堀之内出版)
  11. https://amzn.to/3L9Jc5F ラグジュアリーコミュニズム アーロン・バスターニ、 橋本 智弘
  12. https://amzn.to/3AO5g0x 大洪水の前に:マルクスと惑星の物質代謝 (Νuξ叢書) 単行本 – 2019/4/30 斎藤幸平 (著), マツダケン (イラスト)