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世界は贈与でできている―資本主義の「すきま」を埋める倫理学 | 近内悠太 (著) | 2023年書評#52

周りで話題であったため近内さんの世界は贈与でできているを読んでみました。個人的には著者の解釈であったり、定義に対しては疑問の残るものや理解に苦しむ部分はあったものの、出会い直すというような考えや自分の心の持ちようが大事とするような観点に関してはたしかに資本主義のすきまを埋めるような考えであるのかなと思う部分も多くありました。

倫理学や哲学などは資本主義社会の中で物事を立ち止まって結論は出なくてもよいのでしっかりと考えてみて今の考えを持ってみるというような部分が多く、ある種ぬか床のようなものであるように思います。

本書を読んでみた後にYoutubeでの対談やレビューなど色々読み漁ってみたのですが、自分の腑に落ちない考えは結構読んだ人は持っていて、ただ一方で資本主義にある中での等価交換でない側面である優しさ(本書内では贈与と表現されるもの)を思い出してみることができる、今の時代に選ばれる本でもあるのかなと感じました。

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📒 Summary + Notes | まとめノート

スイスで起きた物語

1990年代のスイスにて原子力エネルギーに頼っていた中で核廃棄物の処理場が必要でありました。その中候補地として選ばれた村に住民投票を行ったところ51%の人が受け入れる姿勢を見せていました。その後、金銭的対価を条件に加えて住民投票を再度行ったところ25%まで賛成派が減少しました。

これはマイケル・サンデルの著者「それをお金で買いますか」で取り上げられている実話とされています。

こちらに関して調べてみた結果は感想部分でまとめますが、サンデル氏、本書内での主張は金銭的対価を受けることにより賄賂と捉えて反対が増えたということです。

本書では、このような、僕らが必要としているにもかかわらずお金で買うことのできないものおよびその移動を、「贈与」と呼ぶことにします。

スイスの事例であったように贈与と呼べるような金銭的対価の無い事象は世の中に溢れているのですが、中々理解されているものではありません。本書ではその贈与に対して理解を深める本になります。

この作業は哲学と呼べるものと思います。哲学者の戸田山さんは

「哲学は結局のところ何をしているのか」という問いに、「哲学の生業は概念づくりだ」と答えています

ヴィトゲインシュタインは言葉ゲームという概念を主張します。この本では贈与について、そしてその贈与ということに関して言語で示していくものです。

その作業を通じて世界の成り立ちを理解しようというものです。

贈与について

先述したようにお金で買えないもののことを贈与と呼びます。一見するとこれはプレゼントやサービスというようなものにも認識できます。プレゼントはモノがプレゼントされることによりモノではなくなり、市場価値にか回収できない余剰を帯びます。

他者から贈与されることでしか、本当に大切なものを手にすることができないのです。

一つの良い例としてノーベル賞を挙げています。ノーベル賞は受賞するものでありまさに贈与されるもの、お金では買えないものになります。

本書で一つハイライトされている概念の例にペイ・フォワードからの話があります。

ペイ・フォワードは恵まれない家庭で育ったトレバーが世界を変える方法を考え実行してみようという授業にて、善い行いを受けたら3人にパスするという運動を思いつき実行します。贈与のフローが街中に広まりますが、物語の最後はトレバーが新聞記者に活動の起源が自分であるということが分かったがために最後に死ぬ運命になったと言います。

問題は贈与を受け取ることなく贈与を開始したこと。そのためにトレバーは殺されなくてはならなかったと言います。 *この部分についても感想で書きます。

贈与、偽善、自己犠牲は本書で切り分けられ、計算可能な贈与は偽善、プレストーリーなしの贈与(トレバーの行為)は悲劇を生む自己犠牲とされています。

贈与は必ずプレストーリーを持つということが贈与の出発点となります。

ギブアンドテイク、資本主義の限界点

著者が贈与の反対語としている交換。つまりギブアンドテイクについては限界があると言います。交換行為は交換するものが無い時に交換することができなく、つながりを解消するしかありません。つまり死ぬしかないという状況になります。

つながりが本来必要な時は交換できなくなった時であるはずです。贈与を失ってしまった社会ではSOSをすることができなくなります。

誰にも迷惑をかけないということは誰からも必要とされないということでもあります。

資本主義は交換が選択できるという自由さがありますが、その欠点に交換し続けなければならないということがあります。

イスラエルの託児所にて、親が子どもを迎えに来る時間が遅い問題があり罰金を課すようにしたところ、むしろ親たちの遅刻を助長し2倍になりました。申し訳無さやうしろめたさを、金銭と交換することで負い目をチャラにしようとしました。

少々話は省略しますが、他者とのつながりを求めながら、同時にそのつながりに疲れ果てるというのが現状ではないでしょうか。

贈与が呪いになる時

贈与はつながりを生み出す行為であり正の側面と言いますが、他者を縛り付ける力もあります。例えば届いてしまった年賀状はお返しをしないことによる落ち着かない気持ちがあります。

贈与を差し出すことにより相手の思考と行動をコントロールしようとしてしまう。鶴の恩返しで部屋を除いていけないのは贈与から交換になってしまうために、気が付かれた時には立ち去らなければなりませんでした。

呪いを避けるためには贈与者は名乗ってはいけません。

正しい贈与はいつかどこかで気がついてもらうもの、あれは贈与だったと過去時制によって把握されるものが贈与であるのだと言います。

そのためには僕たちは受取人としての想像力を発揮するしかないのです。

この好例はサンタクロースです。プレゼントされたものを受け取る時にはサンタクロースが親と知られてしまうと贈与ではなくなってしまいますが、それは大人になってからわかること。つまりサンタクロースの役目は時間調整にあると著者は言います。

世界と出会い直すために

本書の大事なポイントに贈与ということの理解を通じて世界と出会い直すというものがあります。これを逸脱的思考と表現していますが、もっとわかりやすく言うと想像力です。

SF小説ではこの逸脱的思考、つまり想像力を見直してくれるものでもあります。小松左京さんはSFを「現実にはないこと」「常識では考えられないこと」「常識に対する小さな疑問」などと表現します。

この問いかけが想像力を育みます。つまり世界と出会い直す作業になります。

同じようにテルマエ・ロマエも例として挙げられており、ワープしてしまった古代ローマの住人が現代のシステムに驚きを表現する物語ですが、現代の社会に生きる人達に「何が与えられているか」を発見させてくれます。

つまり気づかぬうちに受け取っている贈与に気づかせているということです。

少し雑な表現をすると社会活動している人は何かしら与えられており、その贈与に気づくために想像力を働かせてみるということをしてみようと言います。

贈与は市場経済のすきまにある

資本主義はあらゆるものを商品として交換を行っています。これまでに語られてきたように交換できないものは贈与であり、交換できないつながりは贈与により作ることができます。

本書では市場経済のすきまに贈与は存在すると表現しているわけです。

例に挙げられているクルミドコーヒーという国分寺にある喫茶店では、クルミがデーブルに置かれており無料サービスがされています。この話が面白いのですが、クルミの減るペースによってお客の消費者的な人格を刺激しているのか、受贈的な人格を刺激しているのかがわかると言い、それが財務諸表に乗らないお店の価値として見ることができるとします。

交換を「等価」にしてしまってはダメなのだ。「不等価」な交換だからこそ、より多くを受け取ったと感じる側がその負債感を解消すべく次なる「贈る」行為への動機を抱く。こうしたお客さんの側への「健全な負債感」の集積こそが、財務諸表にのることのない「看板」の価値になる。 - 「ゆっくり、いそげ」より

贈与のメッセンジャー

贈与というものは与えていくものであり、誰しもがメッセンジャーになれるものです。贈与の受取人は、その存在自体が贈与の差出人に生命力を与える。

贈与のバトンを繋ぐことができないと思っている人も想像力を巡らせてみれば誰かに贈与することはできるかもしれませんし、極論存在しているだけで他者に贈与することができるとも言います。

贈与のすべての始まりは受取手の想像力から始まります。

「仕事のやりがい」や「生きる意味」の獲得について述べている部分は非常に納得感のあるものであり、「仕事のやりがい」や「生きる意味」は偶然に返ってくるものであって、贈与の結果にあるものだと言います。

よく目的としてやりがいや意味を求めてしまいがちではありますが、それはふと思い返した時に楽しかったな、良いことできたなと思えるものであるのは肌感覚での実感です。

やりがいをやる前に求めていると交換的な思考であり、対価に集中が生きがちであり、そうすると幸福度も高くなさそうな印象もあります。

贈与が世界のすきまを埋めていくものなのでしょう。

感想

資本主義世界の現代で金銭的価値の交換で無い行為を贈与と表現することで、その行為の大切さを思い返させる本でした。

スイスの核廃棄物処理場の話

マイケル・サンデルの著書からの引用で金銭的価値が発生することによる人間の判断の変化について書かれておりとても興味深い事例でした。ただ、この事例を調べてみてもソースとなる情報にたどり着けず、調べ方が悪いのかもしれませんが信ぴょう性の部分で疑問が残りました。

www.swissinfo.ch

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調べてみた限りでは、現在もスイスでの核廃棄物処理場は決定しておらず、候補地選定は困難な状態にあります。サンデル氏含め主張するように金銭的対価を賄賂として考えたために受け入れ姿勢が変わったという判断も否定できなさそうですが、単純に初期の住民投票の結果が理解が深くなかったために起こったものであるという考えも拭いきれません。

スウェーデンの事例では、廃棄物処理場を受け入れる変わりの対価として計画当初よりも多くの処理が必要になった時には受け入れないという約束がかわされております。

他の国へ処理場を作って受け入れさせるということは歓迎しないために国内どこかで処理場を作らなければいけないということを理解した中でまだ受け入れ先が決まっていないスイスの現状を考えると贈与論だけでないと思いますし、スウェーデンの事例では背景に政治的判断もあったと言われているために、これは著者が言う偽善というような計算された贈与と考えうることもできます。

ペイ・フォワードの解釈

ペイ・フォワードの解釈についても、与えられていないものが贈与を始めることで犠牲となってしまうという解釈を示します。一方で本書の後半では存在している時点で何かしらの贈与を受けているという主張をしているために、トレバーが既に贈与を受けている存在であるのに、犠牲という解釈に帰結している部分は少し矛盾を感じるものがありました。

贈与と呼ばれる行為の重要性

解釈や事例に少し疑問に思う部分はあったものの、資本主義社会の中で価値にできないもののやりとりの部分についての考えは生きていく上で大切なものを感じました。

つながりを持って生きていく必要がある中で、交換でしかつながりを保てないことの危うさであったり、贈与されていないという認識は想像力の欠如から生じている思考かもしれない。そういった主張はまさにその通りだと思います。

資本主義のすきまにある行為である贈与というのものの重要さを再認識してみることは豊かに生きていく上でとても大切なことにあると思います。

タイトルが世界は贈与でできているとあるので、すきまにあるというのと矛盾している部分も感じてしまうので、どちらかと言うと世界は資本主義でできていてそのすきまに贈与があるという表現の方が主張に沿っている気がします。

交換というとても便利で都合の良い行為は現代の土台となっていることは否定できないと思いますが、その中にも贈与と表現している、ある種やさしさや支えあいと呼ばれるような行為や考え方を思い出させる良い本であったと思います。

📚 Relating Books | 関連本・Web

  1. https://amzn.to/3Wlw3fI それをお金で買いますか (ハヤカワ・ノンフィクション文庫) 文庫 – 2014/11/7 マイケル・サンデル (著), 鬼澤 忍 (翻訳)
  2. https://amzn.to/45mX06T サピエンス全史 上下合本版 文明の構造と人類の幸福 Kindle版 ユヴァル・ノア・ハラリ (著), 柴田裕之 (翻訳)
  3. https://amzn.to/42T67dN 経済学・哲学草稿 (光文社古典新訳文庫) 文庫 – 2010/6/10 マルクス (著), 長谷川宏 (翻訳)
  4. https://amzn.to/3WjTQN3 交易する人間(ホモ・コムニカンス) 贈与と交換の人間学 (講談社学術文庫) Kindle今村仁司 (著)
  5. https://amzn.to/3Mg3yew 反貧困: 「すべり台社会」からの脱出 (岩波新書) 新書 – 2008/4/22 湯浅 誠 (著)
  6. https://amzn.to/3MKCXYt モラル・エコノミー:インセンティブか善き市民か 単行本 – 2017/3/22 サミュエル・ボウルズ (著), 植村博恭 (翻訳), 磯谷明徳 (翻訳), 遠山弘徳 (翻訳)
  7. https://amzn.to/41PyVCA つくし世代~「新しい若者」の価値観を読む~ (光文社新書) Kindle版 藤本 耕平 (著)
  8. https://amzn.to/3OwOADN フロイドを読む 単行本 – 1991/3/1 岸田 秀 (著)
  9. https://amzn.to/45eDjOB 根をもつこと、翼をもつこと 単行本 – 2001/11/1 田口 ランディ (著)
  10. https://amzn.to/3OsUBBi 精神の生態学*1 (岩波文庫 青N 604-2) ペーパーバック – 2023/4/18 グレゴリー・ベイトソン (著), 佐藤 良明 (翻訳)
  11. https://amzn.to/3MoouQT 困難な成熟 文庫 – 2017/11/24 内田樹 (著)
  12. https://amzn.to/3BGojLP ビジネスパーソンが介護離職をしてはいけないこれだけの理由 単行本(ソフトカバー) – 2018/1/26 酒井 穣 (著)
  13. https://amzn.to/3OBHXzY ゲンロン0 観光客の哲学 Kindle版 東 浩紀 (著)
  14. https://amzn.to/43fGZ0E 存在論的、郵便的ジャック・デリダについて 単行本 – 1998/10/30 東 浩紀 (著)
  15. https://amzn.to/42VYT8H 哲学探究 Kindle版 ルートウィッヒ・ウィトゲンシュタイン (著), 鬼界彰夫 (翻訳)
  16. https://amzn.to/42Vk8Ys ウィトゲンシュタイン全集 6 青色本・茶色本 単行本 – 1975/1/1 ウィトゲンシュタイン (著), 大森 荘蔵 (翻訳), 杖下 隆英 (翻訳)
  17. https://amzn.to/45kuthZ ウィトゲンシュタイン全集 9 確実性の問題/断片 単行本 – 1975/1/1 ウィトゲンシュタイン (著), 黒田 亘 (翻訳), 菅 豊彦 (翻訳)
  18. https://amzn.to/3MMF6TQ メンデレーエフ伝―元素周期表はいかにして生まれたか (1976年) (ブルーバックス) 新書 ゲルマン・スミルノフ (著), 木下 高一郎 (翻訳)
  19. https://amzn.to/421ebrr 科学革命の構造 新版 単行本 – 2023/6/13 トマス・S・クーン (原著), イアン・ハッキング (解説), 青木薫 (翻訳)
  20. https://amzn.to/3MpJxlP 科学革命における本質的緊張 新装版 単行本 – 2018/12/8 トーマス・S・クーン (著), 安孫子 誠也 (翻訳), 佐野 正博 (翻訳)
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  25. https://amzn.to/3WjHPqZ 小松左京SFセミナー (集英社文庫) 文庫 – 1982/6/1 小松 左京 (著)
  26. https://amzn.to/3Wn7nDo きまぐれ博物誌 (角川文庫) 文庫 – 2012/12/25 星 新一 (著)
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  29. https://amzn.to/43h1FVQ シーシュポスの神話 (新潮文庫) 文庫 – 1969/7/17 カミュ (著), 清水 徹 (翻訳)
  30. https://amzn.to/41Vb3xt 街場の憂国論 (犀の教室) 単行本 – 2013/10/5 内田樹 (著)
  31. https://amzn.to/3Wm0qlY 呪の思想 (平凡社ライブラリー) 単行本(ソフトカバー) – 2011/4/9 白川 静 (著), 梅原 猛 (著)
  32. https://amzn.to/42WmKp1 うしろめたさの人類学 単行本(ソフトカバー) – 2017/9/16 松村圭一郎 (著)
  33. https://amzn.to/3q1nt9N ゆっくり、いそげ ~カフェからはじめる人を手段化しない経済~ 単行本(ソフトカバー) – 2015/3/21 影山知明 (著)
  34. https://amzn.to/45mYf63 困難な成熟 文庫 – 2017/11/24 内田樹 (著)
  35. https://amzn.to/3Iuoc9W 自閉症のうた (角川学芸出版単行本) Kindle版 東田 直樹 (著)
  36. https://amzn.to/3Iq0vzx 他者の声 実在の声 単行本 – 2005/7/25 野矢 茂樹 (著)

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