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幸せになる勇気 | 岸見 一郎 (著), 古賀 史健 (著) | 2024年書評117

先日の嫌われる勇気に引き続き幸せになる勇気を読み返してみました。

ohtanao.hatenablog.com

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 書評Youtubeを見返していたらAli Abdaalさんも取り上げており海外でとても読まれていることを再確認できます。

本書もダイアローグ形式でもっとも難しい愛という課題について語られており物語としての完成度もさることながらアドラーの考えを優しく噛み砕きながら教えてくれるとても良い本であるなと感じます。

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📒 Summary + Notes | まとめノート

哲学について

アドラー心理学が宗教的、哲学的であるという青年。そこに宗教は物語を用いて世界を説明し哲学は物語を退けると言います。アドラー心理学を哲学者としての立場から解説する老人は哲学は愛知学、学問というよりも生きる「態度」であるとしています。アドラーあカウンセリングのことを治療とはみなさずに再教育と捉えています。教育とは自立に向けた「援助」をすること。前回の嫌われる勇気であった考えに立ち戻ります。

行動面の目標

  • 自立すること
  • 社会と調和して暮らせること

心理面の目標

  • わたしには能力がある、という意識
  • 人々はわたしの仲間である、という意識

自立するためにまず始めることは尊敬すること。アドラーと同時代に生きた社会心理学者エーリッヒ・フロムは尊敬することを「ありのままに見ること」と言いました。

次に持つのは「共同体感覚」。尊敬をして他者をありのままに見て、他者の関心事に関心を寄せる。共感という概念です。共感とは技術や態度です。

賞罰について

アドラー心理学では叱ってはいけない、ほめてもいけないという姿勢を示します。子どもが何かしてしまう過ちは「ただ知らない」だけであり、そこで大切なことは教えることです。

ここで疑問になるのは、確信犯として過ちを犯す人があげられます。過ちを犯す人の隠された目的を理解することがアドラー心理学では重要になります。人間は5つの段階があります。

  1. 称賛の要求
  2. 注目換気
  3. 権力争い
  4. 復讐
  5. 無能の証明

3つめまでに留まるケースがほとんどであり、その先へ向かわせないことが教育には重要になります。この段階に踏み込むすべては「所属感」の欠如です。問題行動を起こした際にするのは賞罰を与えることではなく「これからどうするべきか」を考えること。その際に暴力はコストの低いコミュニケーション手段の一つです。コミュニケーションが煩わしくなり手っ取り早く暴力や叱る行動をするというのは教育を放棄する姿勢にほかなりません。そして人と人を引き離すものになります。

なぜ叱ってしまうのでしょうか?それは自分の支配下においておくためです。子どもや生徒が自立することを恐れていては教育になりません。自立という大きな目標に向けてどう貢献していくのか、貢献感が幸福に結びつきます。

協力原理

アドラー心理学ではほめて伸ばすこともよしとしません。ほめることは「能力のある人」が「能力のない人」に下す評価であり、その目的は操作です。褒めること、褒賞を与えることは競争を生み出します。そうすると共同体は褒賞をめざして動き出してしまいます。仲間だと思っていた共同体の人たちを「敵」とみなしてしまうのです。

共同体は競争原理ではなく協力原理で動かなければなりません。

承認欲求も危険な罠です。それは他者の人生を生きることです。

わたしであることに価値を見出す勇気が必要です。アドラーは人々と接する時に「ひとりの友人」として相談に向き合っていました。

与えること

人々が生きていくうえで重要な課題をアドラーは「人生のタスク」と読んでいました。「仕事の関係」「交友の関係」「愛の関係」という捉え方をしてそれぞれの対人関係に注目します。

信用と信頼の話になり、信用とは相手を条件付きで信じること、信頼とは条件を付けないことと定義します。条件ではなくその人自身を信じることが信頼です。

「仕事の関係」における対人関係は条件つきのものであり信用の関係ですが、「交友の関係」はそこに理由は存在しません。利害もなければ、外的要因に強制されることもない。

こう聞くと仕事の関係は良いものには聞こえません。アドラーは仕事の関係について、地球という厳しい環境を生き抜いていくための手段であり、生存に関わる課題と考えていました。

アドラー心理学はここから仕事への考えを見つめ直していきます。ある種仕方なく信用するしかない仕事の関係ですが、人々は分業をいうそれぞれの働きを見つけます。アダム・スミスいわく分業の根底にあるのは「利己心」。その利己心が組み合わさり集団での利益に繋がるわけです。利己を極めることで利他にたどり着く。利己心の追求の果てにも「他者貢献」があります。そして人間の価値は「どんな仕事に従事するか」によって決まるのではなく、その仕事に「どんな態度で取り組むか」によって決まるのだとアドラーは言います。

「交友の関係」についてはわれわれ人間は分かりあえない存在だからこそ、信じるしかないものと考えます。人間関係では他者を無条件の信頼を寄せて、尊敬をし与えることから始まります。

愛する人生を

仕事の関係、交友の関係、そして愛の関係の話です。アドラーの考えでは落ちる愛は物欲のようなものであると言います。ほしかったカメラが手に入ったけど半年もたたず使わなくなったというような事はカメラを使って撮影することをしたかったのではなく、所有欲です。

アドラーの考えでは愛とはふたりで成し遂げる課題であり、われわれはその技術を学んでいない。愛とは利己と利他を両方兼ね備えてるのではなく退けるもの。「わたし」と「あなた」の主語から「わたしたち」と変わることです。人間は生存本能として「愛されるライフスタイル」をとり他者からの注目を集め、いかにすれば「世界の中心」に立てるかを模索するものです。

愛は自立であり、最も難しいことです。

エーリッヒ・フロムは「無意識のなかで愛することを恐れている」と言います。愛するとは何も保証もないのに行動を起こすことであり、こちらが愛せばきっと相手の心にも愛が生まれるだろうという希望に、全面的に自分をゆだねることです。

ただ自分から先に愛すること、それができることです。

アドラーは運命の人を認めません。アドラーは出会いをなにかしらの関係に発展させるには一定の勇気が必要であること。関係を作り出す勇気を持った人が「運命の人」という考えにすがりついているのだと言います。

「誰かを愛するということはたんなる激しい感情ではない。それは決意であり、決断であり、約束である」とエーリッヒ・フロムは言いました。

運命とは自らの手で作り上げること。眼の前のパートナーと「いま」をダンスすること。

また最後には別れに対しても言及します。すべての対人関係は「別れ」を前提に成り立っています。時間が有限であるからです。現実としてわれわれは「別れるために出会う」のです。

すべての出会いをすべての対人関係において、ただひたすら「最良の別れ」に向けた不断の努力を傾ける。

感想

エーリッヒ・フロムの愛することという本は今まで気になっていたものの読んでいなかったため本書を読みながら内容を知ることができます。

 

アドラーの考えを知ると禅的思考が流行る理由も理解ができます。さらにはそれらの考えが現代でこそ見直されていることも分かります。

今の時代あまりにも他者の課題に注意が注がれる仕組みができており、その活動が広告に触れさせるということで資本主義の経済を動かす仕組みの原動力になっていることに気が付きます。課題の分離を曖昧にさせて注意をそらすことに多くの才能と労力が費やされてしまい結果人々が不幸に陥ってしまうというのも考えものです。欲望をコントロールするためにも課題の分離に取り組む勇気は幸せに繋がるかもしれません。

勇気づけられる言葉や本、試みはとてもプラスになる作用があります。考え直す時の手段としてもこういった勇気づけられる本を読むという選択肢を持てたことも嬉しい読後感でした。