ReD Associatesというコンサルティング会社の創業者であるクリスチャン・マスビアウ著のセンスメイキングを読みました。
タイトルにあるセンスメイキングとは何かというと、データだけではなく、文化を調べ全方位的に理解する人間にしかできない思考方法と言います。
例えば、フォードは全米だけではなくブラジルや中国といった市場で売ることを考えた時にアメリカの市場、もっと言えばテキサス州のドライバーがどんな車が欲しいかということだけではなく中国の市場でどのようなドライバーが居るのか、インドでは車を買ってもドライバーを雇う文化がまだ根強くある中でどういった車が選ばれるのか想像する必要があります。
本書でいうセンスメイキングの5原則は次のものです。
著者は哲学の勉強をしたかったところ教授たちが幸せに見えなかったことから違う分野を選びましたが、哲学に大きな価値をおいています。それでは本書を見ていきます。
📒 Summary + Notes | まとめノート
センスメイキングの5原則
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「個人」ではなく「文化」を この世界では異なる文化を持つ人々がたくさんいます。様々な文化で暮らす人々のことを理解すること、世界を知ることで理解が深まっていきます。
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単なる「薄いデータ」ではなく「厚いデータ」を 最近ではOECDのデータを引っ張ってくることは容易くなりました。それは無味乾燥で形式的なものです。そうではなくて、焼き立てのパンや芳醇なワインなど、フランス流の生活をたっぷりと物語るようなデータならばもっと文化を理解することができます。 厚いデータは一般的に不充分である、とか厳格さの欠如から軽くあしなわれていますが、ビジネスでは厚いデータから相手のことを理解することが大事になります。
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「動物園」ではなく「サバンナ」を 厚いデータを手に入れるのはどうすれば良いのか。現象学という哲学的方法論が基盤となります。人間の経験を収集・検証すること、行動パターンをじっくり観察することが理解に繋がります。
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「生産性」ではなく「創造性」を 創造的なひらめきにつながるような思考のためには、幾多の紆余曲折を経て、数々の袋小路に悩まされ、思っても見なかった突破口を見出すことです。アダプション型の推論には、そのための乱雑さがあります。不確かな状態におかれることこそが創造性へと繋がります。
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「GPS」ではなく「北極星」を 現在はビッグデータの時代になりまるで世の中のことならデータでわかって当然のように思われてきています。センスメイキングでは、かたちだけのデータを集めるだけではなく、どういうデータを、何のために、どのように集めるのかが重要です。さらにはデータを上手に組み合わせて的確に洞察を得ることも重要になります。GPS頼みで進むのではなく、北極星を目指すように航海し、行く先を見極める力がセンスメイキングです。
フォードの物語
ReDアソシエイツが電気自動車で携わるフォード。フォードが「人々に何が欲しいか訪ねたら、きっと速い馬がほしいと答えただろう」というように、フォード文化には技術的な特徴やオプションの種類があることが価値を持つとしています。
例えばカーナビであれば、白人、男性、ミシガン州、中流階級といった思い描く理想のカーナビを設計するでしょう。こういった人たちは中国やインドといった地域で20〜30年前に車を乗り始めた中間所得層の人々とは違い、慎重な消費を行い「高級」といった価値観も異なります。
著者のチームは米国、中国、インド、ロシアの年に暮らす被験者60人を調査。それぞれの社会を取り巻く環境を徹底的に調べました。調査では95%の時間は駐車されたり使われない時間、残りの5%が使われている時間。
モスクワの被験者は車に乗るとロシアのヒップホップ・ミュージックを爆音でならし、リズムにあわせてダッシュボードを叩くのが彼の流儀であった。インドの女性は親友や家族を乗せてドライブするひとときを楽しんでいる。またムンバイの宝石商の男性は顧客を乗せるため上質な空間を求めていました。
機能に重きを置いていたこれまでの事業構造では戦えないと察したからだ。技術やエンジニアリング頼みでイノベーションを追い求めているうちに、会社全体が実際の消費者から離れてしまっていたのだ
デザイン思考に対する非難
本書で中々興味深かったところはデザイン思考に対する、主にはIDEOのプロセスに対するツッコミです。
個別化・モジュール化されたアイデアは、そこに含まれる情報量が小さいので、変更も説明も大した手間ではない。アイデアを思いつくことも自由なら、アイデアを葬り去ることもリスクがない。 だが、人間がこの世に存在し、その世界にある物体が常に文脈に依存し、意味の層が重ねられているのだから、デイビッド・ケリーの主張はどうみても検討違いだ。
IDEOはデザイナーの地位を上げたことは確かなのですが、彼らの掲げるイノベーションプロセスは歯磨き粉チューブでもトラクターでもスペースシャトルでもイノベーションを起こすことが可能といいます。クリスチャンマスビアウは、センスメイキングにてイノベーションの過程は紆余曲折を重ねた先にあるという考えであるためにこういったモジュール化されたイノベーションをあまり信じていません。
「アイデアが浮かんだら、それを壁に貼る」というプロセス自体に重きが置かれていて、壁にペタペタと貼られた付箋に書かれた内容はあまり重視されていないようだ
デザイン思考の擁護派は、人々と時間をともに過ごし、それぞれの状況を観察し、共感することを挙げている。だが、それでは、表面をなぞっただけの駆け足文化人類学ではないか。そこで費やされる時間は非常に限られていて、せいぜいある日の午後に顔合わせといった感じだ。
感想
哲学、人文科学や社会科学を大事にするReDの創業者による本で多少反テクノロジー的な視点も垣間見せながら、価値あることの見つけ方は入念な観察であり、試行錯誤しながら明確なゴールが最初にあるのではなくその時々にみつかりながら進んでいくこと、所謂泥臭い作業であるということを伝えていくれている本です。
以前少し話題になったデザインシンキングの終わりと言われるような記事が話題になり、IDEOのオフィス縮小がニュースになりました。IDEOといえば社員はデザイナーとタイトルを持ち、共感や人間中心と言ったワードを中心にエリートチームのデザインファームです。
デザイン思考に対して疑問を呈する著者の意見は少しファッションかしたプロセスでイノベーションなんて起こせるわけがないとでも言うような思いで、より観察を重視しながら見つけていくものだと言います。
ReDの取り組みは彼らのウェブにもまとめられています。
彼らの取り組みを見ると、本書で少し感じるデータ主義への批判がありますが、データの活用とそこへの洞察の組み合わせているため、データの活用をうまく行うということが大事だと解釈しました。
少し疑問に思ったのは、彼らの結果の出し方、顧客からの対価の決定がどのようなものであるのか気になります。大事だけれども抽象的な概念を売りにするようなビジネスにおいて結果への結びつけ方がとても重要だと思います。継続的なサブスク系のコンサルティングであるのか、スポット的なのか。自分が感じるには日本の伝統的なものづくり業界は情緒的な話が多くデータへの比重が軽い傾向を感じるため、もう少しデータ、更には意味のあるデータへの重要性が高まれば業界的にも良く感じます。北極星を目指すというよりも、近場近場のコンビニ目指すみたいなスタイルの仕事が多すぎる上にその構造が強烈な上下関係で硬直してしまっているという印象です。
著者の新著、心眼も読んだのでまたまとめていきたいと思います。
📚 Relating Books | 関連本・Web
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- https://amzn.to/47UKT4J 技術への問い (平凡社ライブラリー) 文庫 – 2013/11/8 マルティン ハイデッガー (著), Martin Heidegger (原名), 関口 浩 (翻訳)
