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訪問記/書評/勉強日記(TOEIC930/IELTS6.0/HSK5級/Python)

14億人のデジタル・エコノミー | 中国のIT活用術 | 2020年書評#24

日本ではDXという言葉がバズワードとして広がりを見せており、中国のDX/UX事情について紹介されたのがアフターデジタルでした。

ohtanao.hatenablog.com

今回読んだのはWiston Ma著の中国人でかつアメリカでの教育経験を持つ人から目線の中国ITビジネスに関する本です。

www.weforum.org

データのより効率的な活用のためには多くのデータを分析しながら、うまくいく分析・いかない分析を見分けてトライアンドエラーで活用していくものですが、中国は14億人という人口の利に加え、多くの人がスマートフォンを活用している事で、ITの実利用について学べる事が多いように思います。

アフターデジタル2はあくまで日本人の目線で書かれており、Wiston Maのように中国、アメリカ双方の事情に精通している人の視点で物事を語られた本を読むのはとても興味深いものでした。

アルファ碁のインパク

アルファ碁が世界一の棋士を破ったのは2016年。2015年にはまだプロ棋士に負けるようなこともあったAIソフトは急激な成長を見せました。2017年にはプロとの早指し戦で60勝0敗と圧倒的な姿を見せ、人間との対局から引退し実活用へ集中する運びとなりました。

この急激な進化に多くの人は衝撃を受けます。

特に中国の市場では、急激に進化を遂げるAIを活用して躍進するか、さもなくば衰退し潰されるのか、という2択を迫られるようになったと言います。

アリババ、テンセント、バイドゥ、は多くのデータを持つためAIのさらなる活用に力を入れる一方で、「4大ドラゴン」と称されるベンチャーも登場します。

メグビー(Megvii)

japan.xilinx.com

センスタイム(SenseTime)

prtimes.jp

イートゥテクノロジー(YITU technology)

www.axion.zone

クラウドウォーク(Cloud walk)

glotechtrends.com

中国は国として「次世代人口知能の技術発展計画」を掲げ、2030年までにAIを文句なしの世界一に押し上げるなどのターゲット掲げ教育や事業サポートに取り組んでいます。

ポストBATの時代へ

企業の意識の変化と政府のサポートと土台が揃ってきている中国ではBATと呼ばれるバイドゥ、アリババ、テンセントに次ぐ企業が多く出てきています。

ハードウェアではファーウェイ、シャオミ、オッポがスマートフォン市場でシェアを伸ばしています。

そのスマートフォンを利用するモバイルコマース、モバイルペイメント、交通系の配車、シェアバイクレンタルの活用する企業が台頭しています。

TMDと呼ばれる、トウティアオ(今日頭条)、メイトゥアン・ディエンピン(美団点評)、ディディ(滴滴出行)はユニコーンを文字ったデカコーンと呼ばれ、中国人が日常的に使うサービスです。

OMOはアフターデジタルでも重点的に語られていましたが、本書でも紹介されています。現行のEコマースだけでは体験価値として高くないために、オンラインとオフラインの統合はデータの収集しやすさという企業側のメリットとともに、少し手に取りたい・試したいという顧客側のメリットがある双方に良いです。

また、最近では映画の制作段階でクラウドファウンディングや制作のフィードバックを行える一種のファンビジネスも増えてきているようです。

このファン経済で最もうまく行っているものはTik Tokです。利用者の視聴傾向をAIアルゴリズムで判断し好きな動画を連続的に流し、最も中毒性のあるアプリとも言われています。なんでも無かった個人が面白い動画で人気を得た後に、商品紹介などのEコマースと組合わさり個人が広告媒体として機能しています。

Tik Tokの素晴らしい点はコンテンツを作る側の人間が手軽に良い動画を作れる機能があり、すぐに発信・フィードバックを得られます。コンテンツが増える仕組みができており、視聴者を楽しませ、広告含め経済が回り、個人として自立できる夢がある。

数々のイノベーション企業

中国のイノベーション企業を見ると、革新的モデルから革新的技術、オンラインプラットフォーム構築からデジタル技術研究へと移り変わりつつあります。

www.forbes.com

模倣していた立場から模倣される立場になろう、というのは政府も意識しているようです。

ドローンのDJIなどはドローン市場で多くのシェアを獲得し、また農業用のドローンではXAGという広州拠点の企業。電気自動車ではNIOなど、世界的にも技術力が負けていない企業が続々と出てきています。

シリコンバレーを猛追する形でユニコーン企業の数が増える、とても良いエコシステムがあります。

ただし、AIの論文をみたところアメリカは企業が多く発表している一方で中国は大学や研究機関にとどまっており、企業のAI研究にはまだ課題があるようです。

プライバシーへの意識

最後に触れられているのはプライバシーへの意識です。中国ではプライバシー情報の収集に関する規制がゆるくアプリを通して多くのプライバシー情報を企業が収集していました。

最近では、過剰なユーザーデーターの収集に対して中国消費者協会が多くのアプリを評価しどのようなデータが収集されているのかを公表しています。報告書によると100個のアプリを調べた中で91個のアプリが過剰にユーザーデータを収集しているとされ、その中にはWechat、微博、滴滴なども含まれていました。

一方で、タクシー配車アプリ滴滴にてドライバーと利用者間でトラブルがあった際に、どこまで企業がデータを提供できるのか、というような問題も浮かび上がっています。

世界基準であってもフェイスブックやアップルはプライバシーを意識した取り組みが増えてきており、新しい仕組みの中でどう個人を守っていくのかという点はこれから整備されていくでしょう。

さいごに・どんな人におすすめか

以前読んだアフターデジタルよりもより細かく中国の事例について書かれています。アフターデジタルは中国で起こっていることを日本へ適用するためにはどうすればよいのか、という点が多く語られていた一方で、こちらの本はより解像度高く中国で何が起きているか知れると思います。

著者もアメリカの事情、中国の事情どちらにも精通しているため中立的な視点が多く、その中でもAIデータを活用するためには人口の利や、モバイル・インターネットユーザーが多いためにデータが集まり安い環境が作られている中国が有利である点を理解することができます。

モバイルベースのビジネスが多いことやグローバル展開は依然としてハードウェア企業が多い中、Tik Tokなど世界で使われるアプリが誕生したことはとても興味深いことです。

いつかはアメリカのケースをローカライズして日本に適用することで成功していた事例があったように、中国のケースをローカライズして日本に適用することで成功していくなども増えていくのでしょうか。

アフターデジタルを読んでさらに中国の事情を詳しく知りたい人にとってとても良い本だと思いました。

中国のスティーブ・ジョブズと呼ばれる男ー雷軍 | 中国ITオタクの挑戦 | 2020年書評#23

2019年Xiomiは本格的に日本市場に参入を始めます。

2010年に創業し2011年にスマートフォンをローンチ。

そこから怒涛のスピードで中国のスマートフォンを含む家電製品のシェアを奪った、今最も成功している企業の一つです。

www.mi.com

CEOの雷軍はXiomiを創業したのが40代の時で、成功を収めていた反面心の底から納得できる成功を得られていなかったため最後のチャンスとしてXiomiを始めます。

中国で今最も熱いIT企業の背景にはどんな物語があったのか知るためにとてもおもしろい本でした。

www.youtube.com

 「風の吹くところに立てば豚だって空を飛べる」

雷軍は生粋のITオタクでした。プログラミングの卓越した技術を持ってキングソフトプログラマーとして入社します。キングソフトでは29歳という若さで総経理になります。

若い頃の雷軍は18歳の時にジョブズのように世界一流の会社を作りたいと思った。と語り愛読書は「パソコン革命の英雄たち」でした。

キングソフトは2007年に香港証券取引所に念願の上場を果たす一方で、評価額は雷軍の想像に及びませんでした。翌月に上場したアリババはキングソフトの20倍にも及ぶ値段が付けられ、また、バイドゥキングソフトを上回る価格評価をされます。

はっきりとした理由は述べられませんでしたが同年の12月に雷軍はキングソフトを健康上の理由にて去ることを決めます。

さしたる中身もないのに時流に乗って成功した連中を皮肉するために「風のふくところに立てば豚だって空を飛べる」という言葉を残します。

キングソフトの上場で多額の資金を得た雷軍は投資家となり、多くのスタートアップ支援を行いますが、原点であったジョブズのような企業を作る、という夢を40歳で再び追うことになります。

「中国にはまだ本当の意味の『ファン』がついている企業は少ない」「世界を変えたい」と「風の吹くところ」に挑戦します。

雷軍の生い立ち

湖北省に生まれ、幼い頃から聡明であった雷軍は友人たちを一緒に武漢大学に進みます。コンピューターと出会った雷軍は熱狂しPASCALというプログラムを1年生の時に作り、2年生の時には大学の教材として使用されます。

武漢大学の奨学金制度を総なめし、また武漢の電脳街ではビジネス用ソフトウェアを販売し頭角を現します。

雷軍の作るソフトは様々で、暗号化ソフト、アンチウイルスソフト、財務用ソフト、CAD用ソフト、中国語システム、さらには電気回路の設計やはんだづけにまでスキルがありました。

アンチウイルスソフトはとても秀逸なできであったのだが、発売しようとした直前に中国国内で他の誰かがアンチウイルスソフトを発売したため、「一番手でなければ市場はとれない」と思い販売を諦めます。

ビル・ゲイツの成功などもあり企業ブームが雷軍の周りにも及び、仲間内を企業をしますが内輪もめも多く大学卒業前に解散し企業へ入ることを選択します。

新卒入社した会社はすぐに辞めキングソフトに入社。キングソフトは憧れのプログラマー求伯君による声掛けでした。

北京キングソフトへ入社した雷軍は事実上ソフトウェア開発部の責任者として席を置きます。

キングソフト:金山時代

キングソフトは<WPS>というオフィススイート製品を軸にパソコン市場にて存在感を出していました。

その後<盤古>というソフトを開発しますがこちらがおおゴケ。マイクロソフトが中国市場へ進出し一気に独占していきます。

この大敗北は雷軍が27歳の時で、あまりのショックで辞表を出したと言われています。求伯君に引き止められ6ヶ月の休みをもらい、その間ひたすら反省をします。

休み期間中に思いついた、複雑な作業が必要なコンピューターを誰でも使えるようにと工夫が効いたソフト<キングプレーヤー>を休職後に取り掛かり大ヒットを生み出します。

インターネットと卓越網

息を吹き返したキングソフトに次はインターネットの波が訪れます。当時インターネットの概念がなかったがヤフーなどウェブの情報を調べやすくする機能が求められていました。キングソフトは卓越網というサイトを作成します。

様々な分野のソフトウェアをキングソフトは作成するのですが、特に熾烈な争いだったのはアンチウイルスソフトです。周鴻禕率いる奇虎360は無料でリリースし、またソフト同士の衝突を避けるためにどちらか一方のソフトしかパソコン内に存在させることができませんでした。

ja.wikipedia.org

アンチウイルスソフトキングソフトが資金をかけて開発下にもかかわらず、開発攻防で勝つことができず大敗をしました。

中国では会社規模で名指しでの製品批判や人物批判を行い、消費者を惑わしたり獲得するという事が行われています。

周鴻禕は後にスマートフォン市場でも対決することになります。

投資家を経てXiomi創業

冒頭でも書きましたように、キングソフトは香港証券取引所で上場を果たしますが評価額は雷軍の思うほどよいものではありませんでした。

上場時に得た資金で投資家として人生を歩み始めた雷軍は、企業しようと40歳で決意します。

まず最初に狙ったのはスマートフォン市場です。優秀なメンバーを集めソフトウェア開発、ハードウェア開発を行い、2011年ついに発売までこぎつけます。

ファンを獲得する方法は多彩でスマートフォンはオンライン上で発売開始されすぐさま完売をしました。

その一方でたくさんのバトルが起きます。XiomiのチャットアプリMitalkとテンセントのWechatは競合し、またテンセントのQQと奇虎360も戦いが繰り広げられます。これら3者のCEOは中国政府の工信部に呼び出しを受け、争いは幕を閉じます。

さいごに・どんな人におすすめか

中国のIT業界の様子がとてもよく分かる上に、Xiomi創設の背景がしれて雷軍のファンにならざるを得ないような素晴らしい人物である様子が伝わってきます。

日本ではどこか中国の物語が入ってこない印象があるので、中国のIT界隈の様子が分かるのはとても新鮮でした。

何より企業間の戦いが半端でないほど激しいもので、大量の資金での顧客獲得や、無料での提供。非難し信頼を失わせようとするなど、そんなのありなんですか…といった事が多々ありました。

その中でもたくましく、ハードワークの上、多くのアイデアを持って戦う姿は非常に生き生きとしたもので一読の価値ありだと思いました。

Xiomiの携帯も所有してみたいです。

Quotes

人は夢があるからこそ偉大な存在になれる

もしおまえに夢があるなら、その夢を守り通さなきゃだめだ。自分では何もしない人たちは『おまえはそんなことができる人間じゃない』と言うだろう。でも、もし理想があるなら、叶える努力を続けろ

人の欲望は自然の摂理、市場の波にのれ、良い縁を結ぶのが大事、シンプルイズベスト、常識を打ち破る逆転の発想

参考ブログ

tamakino.hatenablog.com

 

ウォール街の物理学者 | それでもクオンツは夢を追う | 2020年書評#22

ブラック・スワンの著者タレブが力説したのはこの世にある不確実性については予測できないから仕方ない。という元も子もない主張でした。

予測できないほどに大きな出来事(ブラック・スワン)はいつの時代にも起こりそれに備えるのは無理だと言うのです。

ohtanao.hatenablog.com

一方で、ジェームズオーウェンウェザーオールクオンツの可能性を信じる人間です。

世界で一番優秀なファンドマネージャーは今の所、ジェームズ・シモンズです。

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ルネサンステクノロジーズはウォール街の人間を雇わず、シモンズ自身と同様に物理学、数学、統計に成熟した人間のみを雇い大成功を収めている。

ウォール街の物理学者はある種ブラック・スワンに対するアンサー的な内容でもあり、金融の世界でも予測が可能であるという主張のように思う。

バシュリエという不遇の天才

本書の物語は、金融市場の価格予測のスタートをたどっていきます。そこで最も昔に価格予測を始めた人間がバシュリエというひとりの天才でした。

元々、数学理論を賭けに応用しはじめたのはカルダーノと呼ばれる人物でギャンブルに明け暮れていました。サイコロの目の出やすさについて確率論を初めて体系的にまとめた人物です。

その後、ド・メレにより大数の法則が見いだされるなど確率論の基礎となる考えが整備されていきます。

バシュリエはこれら16〜17世紀に発見されていた確率論から金融市場を数学的に理解しようと試みます。とても素晴らしい論文を書き上げるのですが、問題は時代が彼に追いついておらず査読側のミスもあり、まったく評価されませんでした。

しかし、ランダムウォークの概念はバシュリエが提唱したものであり、彼のモデルは死後にサミュエルソンマンデルブロ、オズボーンなど異分野から経済学の分野にやってきた者たちにより正当な評価を受け始めます。

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世界初の自動投資プログラムの設計

オズボーンは「株式市場のブラウン運動」の論文をまとめます。株価のランダム性についてまとめたこの論文はバシュリエの論文の存在を知らずに書き上げられました。

当時、金融と物理学を結びつけた考えは大学などであまり評価されず、また実際の投資の世界で利益を出すのは著者のオズボーン自身も難しいと考えます。

オズボーンは株価のランダム性を主張する一方でランダム性のない部分にも目をつけます。その一つが株価注文の時に投資家がきりの良い数値で注文することに着目しました。

当時の株価注文は8分の1ドル単位から注文できましたが、多数の投資家は1ドル単位で注文を出します。10ドルで買いが多く出ている注文を見つけ10.125ドルで注文をすればすぐに買いが成立し、また10ドルで買いが出ているため大きく値下がりする前に損切りできる。運が良ければ11ドルになって儲けられる。

プロの投資家は8分の1ドル単位で注文するため、その日の取引で価格変動が1ドル上下しているのか、8分の1ドル単位で上下しているのか探し、注目されている銘柄も分かる。

これは世界初の自動投資プログラムでした。

フラクタル理論の発展

次に金融と物理学を結びつけようと挑戦したのはマンデルブロです。マンデルブロフラクタルという言葉を考えだした人間でもあります。

イギリスの海岸線を正確に測定するには、という問から自己相似性についてマンデルブロは目をつけます。幼いころから図形に結びつけた考え方をとても得意としていたようです。

ただし、彼も戦争によりパリからリヨンへと移りすみ田舎からきた学生として学校に潜り込むなど不遇の時代を過ごします。ただし、その時に受けていたとてもハイレベルな授業は彼にとって大きな影響を与えるものだったようです。

その後フランスがドイツの支配下から抜けると学問へと戻りIBMへと就職。その際に、ランダムウォークの確率分布について正規分布が当てはまらずレヴィ安定分布などを用いたほうが説明がつくことを導き出し金融と物理学の結びつきに大きく貢献します。

残念ながらその後は金融よりも気象など他の分野の確率へと興味が移りますが、マンデルブロファットテール分布の考えは多くの金融論に取り込まれました。

プリンストンニューポートというクオンツヘッジファンド

プリンストンニューポートは約20%のリターンを叩き出したクオンツ系のヘッジファンドです。物理学的・数学的考え方を基礎とした初めてのヘッジファンドであり、その成功は多くのクオンツヘッジファンドの成り立ちの支えとなりました。

プリンストンニューポートの創設者ソープは元々ディーラーをやっつけろ!という本にあるようにカジノで数学的考えを元に利益を出していました。

ブラックジャックやルーレットにて数学的思考を持ち込み最大限利益が出やすい状況でかけに出る手法を考えます。

西海岸を離れるのを機にソープは株式市場へと戦場を移します。デジタルヘッジと呼ばれる手法で空売りと買いを組み合わせて損失を抑える手法にて利益を出していきます。

ソープは後に株式市場をやっつけろ!という本を出版しそこに目をつけたリーガンというブローカーと一緒にヘッジファンドプリンストンニューポートを設立。

その後、プリンストンニューポートが幕を閉じるまでの20年間で約19%のリターンを得ました。この圧倒的な数値は多くの投資家たちに影響を与え、コンピューターを活用した統計的手法による資産運用の新時代を切り開いたとウォールストリート・ジャーナルに評されました。

物理学がウォール街にやってきた!

時代が進むにつれて物理学が株式市場へと流れ込んできます。そのさきがけとなるのはCAPMを作り出したブラックです。ブラックはブラック・ショールズ・モデルにより価格を恐ろしく正確に予測していきます。

しかし、ブラック・ショールズ・モデルは大きなブラックマンデーの株価暴落後精度を欠くものとなりました。

オコナー&アソシエイツはブラック・ショールズ・モデルの限界を理解し修正をします。

ブラック・ショールズ・モデルが導入され、市場の結果を見て修正されていくという過程はウォール街に新しい常識をもたらし、クオンツの重要性を認識させる出来事になりました。

失敗と修正をくりかえして改善を続けるという科学的プロセスは、ウォール街の新しいスタンダードとなります。

www.nakedcapitalism.com

次に挙げられるのはプレディクションカンパニーです。ファーマーとパッカードというカオス理論の研究者によるファンドはファットテールや激しいランダムさなどの統計的性質を扱うことになれていました。

www.opalesque.com

彼らが成熟させた手法の一つにペアトレードがあります。プレディクションカンパニーは時にS&P500のリターンを100倍も上回るリターンを出したこともあるというほど猛烈な利益を出していたようですが、ファーマーは学問の世界へ戻り、パッカードは別会社を立ち上げた創設者は会社を離れました。

プレディクションカンパニーの成功は統計の深い知識を用いて金融市場へ適応させるクリエイティビティがあればウォール街をやっつけることも可能であることを示してくれました。彼らが生み出したブラックボックスモデルと呼ばれる中身がわからないがうまくいく理論は、クオンツ批判の的となることもありましたが、多くのヘッジファンドでこのモデルは採用されることになりました。

市場の暴落予測をした人間もいます。ディディエソネットは1997年に起こった株価大暴落を予測しプットオプションを貯めます。10月27日の市場大暴落を機に400%のリターンを叩き出します。

ソネットは元々ケブラーの破壊現象を専門にしており、物理学の臨界現象に長けていました。バブルの検出と崩壊予測をしたソネットはその逆のアンチバブルも予測し日経平均の急上昇も予測します。

www.axion.zone

最後に紹介されているのはワインシュタインとマラニーです。ゲージ理論を用いて経済学を説明しようとしました。

さいごに・どんな人におすすめか

タレブがブラック・スワンで説いた不確実性があるからどんな数理モデルも役立たないということに対するアンサー的な本書。

物理学がどう株式市場へ導入されはじめ、結果を出すことで認められ、クオンツヘッジファンドが出てくる様子をとても詳しく書かれており興味深かったです。

一通り歴史を知るという点でも面白いですし、またそれぞれの理論についてもある程度詳しく書かれているのでクオンツアルゴリズムトレードに興味がある人にとってはとても良い本だと思いました。

著者のジェームズオーウェンはタレブの言説は理解しつつも、どの分野においてもそうやって科学は未知のものを理解するために使われ修正され発展してきたと信じる人間です。

タレブの主張は理解できないことも無いですが、不確実なことが起こるから「考えるのを辞める」のでは発展の余地が無いと思うのが科学者です。

ソネットがドラゴンキングを予測しても、将来未知の不確実性が発生すればまたクオンツに批判的な声が上がるのでしょう。

ただし、シモンズ率いるルネサンステクノロジーズの活躍が科学的なアプローチは有効であることを証明しているように思います。