世の中には予測できない事がいつの時代も起こります。
コロナウイルスのパンデミックも一見すると予期はされていたけれども予測はされていなかったように思います。
タレブ本人はコロナウイルス自体はブラック・スワンではないと言っていますが、程度はどうにあれ不確実であった出来事だと感じます。
「よくわからない事って起こっちゃうよね」「頑張っても予測できない事ってあるよね」ということを、初めてしっかりと伝えた本がこのブラック・スワンでした。
はじめに
好きなブログの一つカタパルトスープレックスで書かれていたタレブの本で気になっていたブラック・スワン。本そのものの存在やベストセラーであったことは知っていたのですが中々読む機会がなく今回やっと読みました。
タレブは金融畑の人間で数学のバックグラウンドのあるトレーダーでした。金融の世界で過ごしてきたからこそ予測できない物事があるということをよく理解しているのでしょう。
「予測できないものって起こっちゃうよね」というスタンスを人間は受け入れなければ行けない。その問題の重要さに気がついていない世の中に大きなインパクトを与える言説であったとも言えるのでしょう。
ブラック・スワンとは
タレブは不確実な出来事をブラック・スワン(白鳥は白いものしかいないと思っていたが予想外の黒いものもいた)という言葉を用いて説明します。
ブラック・スワンの特徴は次の3つ
- 異常であること。つまり過去に照らせば、そんなことが起こるかもしれないとはっきり示すものは何もなく、普通に考えられる範囲の外型にあること。
- とても大きな衝撃があること。
- 異常であるにもかかわらず、私たち人間は、生まれついての性質で、それが起こってから適当な説明をでっち上げて道筋をつけたり、予測が可能だったことにしてしまったりすること。
そして人間はブラック・スワンについて理解していないことを認識できてないと言います。その典型的な症状として不透明の三つ子と称します。
- わかったという幻想。世界は実感するよりずっと複雑(あるいはランダム)なのに、みんな何が起こっているか自分にはわかっていると思い込んでいる。
- 振り返ったときの歪み。歴史は人が経験する現実よりも、歴史の本で読んだほうがわかりやすい。
- 実際に起こったことに関する情報を過大評価する。権威と学識ある人は不自由になる。
タレブがこのブラック・スワンの考えに至った本に第二次世界対戦時のヒトラーの台頭する日々を書したシャイラーの日記をあげます。
タレブがこの本を読んだ時レバノンは内戦中であり哲学者になりたかったタレブは本を読み漁り、このシャイラーの編集の(比較的)ない戦時中の日々を淡々と記した日記から、物事を語る中で起きている最中と後では全く違うことを学びます。シャイラーの日記にはヒトラーの活躍が一過性の出来事だと思っていたこと、それにより出遅れたフランスはまたたく間にドイツの支配下になったことが書かれていました。
月並みの国と果ての国 (人間の性質)
タレブは不確実性が適応できる世界の分類分けを月並みの国、果ての国と分類分けします。
月並みの国:身長、体重、カロリー摂取、ギャンブルでの稼ぎ、自動車事故、など
弱いランダム性で、事象はベル型カーブから予測しやすいもの
果ての国: 都市の人口、地震の被害、金融市場、など
強いランダム性、ジャンプするような確率のもの
そして、人類の問題点としては月並みの国で暮らしたい人が多すぎる事です。黒い白鳥なんかいないように物事を考え、過去の出来事を歪ませ一般化し、実は沢山いたであろう黒い白鳥を見落としてしまう。
人間は追認したり原因を知りたがる生き物なのであることに気をつけなければいけません。タレブが問題視するのはこの人類の習性により歪んだ解釈が生まれることです。これは脳の仕組みであってコルモロゴフの複雑性など物事をパターン化してしまったほうが小さく済ませられるため起こる仕組みでもあります。
また、記憶についても人は物事を順次正しく記録しているものと思っているのだが、記憶は静的ではなく動的なものなので、思い出すたびに事象の内容は変わってしまっています。追認バイアスを語る中でマルコム・グラッドウェルの著者も紹介されて「ブラック・スワンがいる証拠はないこと」を「ブラック・スワンがいない証拠があること」を取り違えがちであることも書かれていた。
見えるものと見えないものというエッセイでも、面白いバスティアのエピソードが書かれており、
政府が何かをすれば、それは私達に見える。だから政府も何かをすれば自画自賛する。一方、私 たちには政府が何もしなかった場合という別のあり方は見えない。でも別なあり方はちゃんと存在する。ただ、わかりにくくて見えにくいだけ。
これは、成功者などの成功エピソードだけが際立ち失敗エピソードや泥臭い過程が見えにくいものにも似ている気がします。一つの際立つ話にとらわれずしっかりと物事を見る目が大切になってきます。
予測したって無駄なのか(予測の限界)
タレブが言いたいことは予測はしたってしょうがないという事です。
有名な数学者(そして哲学者)のポアンカレもベル型カーブを使う人間を罵倒していたと語ります。
本書の中では予測しても仕方が無いことがかなり長々と書かれています。じゃあ結局どうすればいいの?という点についても言及されています。
- まずいい偶然と悪い偶然を区別する。
- 細かいことや局所的なことは見ない。
- チャンスやチャンスみたいに見えるものには片っ端から手を出す。
- 政府が持ち出す、こと細かな計画には用心する。
- 世の中にはわかってないけどそう教えちゃいけない人たちっていうのがいる。
複雑性や統計の理論を引き合いに出して、最後に着地するのは、理論でなく仮設に基づいて判断しようぜというようなところです。
「わからない」と言うことを理解して理論化をできる限り最小限にしようと言うので、結構混乱する読者も多いのでは無いかと思います。
さいごに・どんな人におすすめか
タレブは統計学やファイナンス理論に喧嘩を売り、世の中のものは不確実だから理論を作っても仕方がない、というようなスタンスです。
それでは、彼が所属したエンピリカはトレードの結果がどうであったかいうのを調べたのですが、結果がいまいちよくわかりません。
本書の訳者あとがきや下記の記事を見る限り普段はあまり儲けは出していないものの、結果として儲けを出していたようです。(不確実の物事が起きた1987年(ブラックマンデー)、1998年(LTCMショック *詳しくは下記記事内)、2008年(リーマンショック))
ブラック・スワンに備えていたから儲けられたというわけです。
普段の取引がうまくいっていなかったというのは少し微妙な気もしますが、仮設に基づき危機を察知し備えるというのは、cis本でもあった投資のチャンスでもあります。
こういう話を聞くと対局のリスク管理というのはとても大切なのだなと感じますし、危機面というのは大きな儲けを出す機会なのだなと感じます。
タレブはこの本を書き上げた後に10の原則を出しています。
Black Swan Society: Nassim Taleb’s 10 Principlestimnovate.wordpress.com
Here is a brief version of his 10 principles that can help societies cope with the aftermath of crises that are inevitable and always will be:
- Let what’s fragile break early, while it’s small. “Nothing should ever be too big to fail”.
- Do not socialize losses and privatize gains. “Whatever needs to be bailed out should be nationalized”.
- Don’t let people wearing blindfolds drive buses ever again. “The economics establishment should be ignored [forever]”.
- Forbid people with ‘incentive’ bonuses from managing your financial risks. “Odds are they will cut corners to show ‘profit’ in order to gain the bonus”.
- Compensate complexity with simplicity. “Complexity is a form of leverage”. Avoid it.
- Do not give children dynamite sticks. “Ban complex financial procedures that nobody understands”.
- Governments should never ever need to ‘restore confidence’.
- Don’t give addicts more drugs if they are in withdrawal. “Using leverage to cure excess leverage is pure denial. The debt crisis is not temporary, it is structural and requires rehab”.
- Citizens should not use financial assets as a repository of value and should not rely on fallible ‘expert’ advice for their retirement. “Economic life should be definancialized”.
- Make an omelet with broken eggs. “Remake the system before it remakes itself (through crisis).”
完結な解釈としては、市民を目隠しして危機を見えなくして膨らますのではなく、より小さいうちに自分たちの手で壊して次世代へ危機の卵を残すな、というようなものでしょうか。
教養としても、ファイナンスの知識を得るためにしてもとても読み応えのあるいい本であったと思います。
引用文献も豊富でタレブの哲学としても筋が通ってる事が多いですし、「わからないものはわからない」とはっきり言う覚悟のある言説が気持ちよいです。
一方で、ファイナンス理論の発展でより多くの発見や儲け、進歩があるのは確かで、理論の構築を怠るというのはきっとタレブの真意では無いのかなと感じます。
もう10年も昔の本になるので、彼の主張はもう変わってるかもしれません。
それでもなお、不確実性の提唱というのは彼の功績だと思います。