最近ではiPhone含むスマートフォンで気軽に写真が撮れるようになりました。
ひと昔前までは修学旅行に行っても写真館のスタッフが同行した写真からしか思い出が残せなかったなんてこともありましたが、今となっては個人がスマートフォンで日々の日常の記録も気軽にできます。
大きく変わった写真の世界について、渡部さとるさんのじゃない写真を読みました。
著者の渡部さとるさんは新聞社を経由してるカメラマンであり今ではYoutubeのチャンネルも持たれております。
📒 Summary + Notes | まとめノート
写真の役割は終わった
写真の概念としては光を取り込み目の前の光景を残すことになるために、写真というと真実や記録といった言葉と語られます。
70年代中盤にアメリカで活躍したジェフウォールは日常を捉えた写真が人気でしたが、彼の写真は演出のもとに構成されていました。写真の真実性に疑問を与える作品たちは今でも高く評価され3億円以上の値がついています。
名取洋之助が世界大戦中に対外的雑誌「NIPPON」「FRONT」で撮影した軍備や戦争シーンに関しては作り物でありプロパガンダとして使われていました。
ドイツの写真家トーマスルフはポートレートのサイズを変えることでオブジェに対する印象を変えました。
画家のルネマグリットの絵画「イメージの裏切り」にあるパイプの絵に対して、マグリットは「これはパイプではない」ということでイメージとオブジェの関係性を問いかけます。
現代アートではやられていたことは、真実を記録する真実性から独立して作品とすることでした。
これは絵画の世界でも起きたことと同様で写真技術が発達する中で、日々を記録する現実の模写からカンディンスキーやクレーと行った画家などを中心に抽象画の文化が富んでいきます。
写真は今や動画に真実を伝える役割を置きわたし、絵画が抽象画などに派生したような時期に差し掛かっているのかもしれません。
一つの発展先としてコラージュがあります。オノデラユキの作品などはその代表的なものになります。岡上淑子が行ったコラージュ展は多くの反響を呼びました。
抽象化の流れに解像度を減らす動きも絵画にありました。今写真でも同様の現象は起きており、横田大輔の写真は解像度が低く抽象的な作品です。
写真の一つの発展先として遠近感を失わせる作品もあります。世界で最も高額な写真アンドレアスグルスキーの「ライン川2」は4億4000万で取引されました。高額な値段がつけられた理由はいくつかあるものの、この遠近性の排除というものは主体を取り除くという手法は新しい価値を生み出しました。
主体の排除という観点ではセザンヌのりんごの静止画、柴田敏雄のHysteric、ベッヒャー夫妻の作品などがあります。
こういった真実の記録から変化した写真に対して美術館での体験も変化していきます。
写真家が伝えたい思いがあり作品を通して鑑賞者に想いをパスするというよりも、鑑賞者に委ねる展示になっていきました。そうすることにより、鑑賞の場を作り出すアート行為というものが重みを増していき、実態としての作品は重要性を失いました。
著者の渡部さとるさんはこのことについて茶の間と共通性を感じており、お茶を通してお茶会という場を楽しみ茶道、作品を通して展示場を楽しみアートを重ねています。
体験重視の展示の流れで代表的なものが杉本博司のロストヒューマンでした。写真美術館の展示であるのにほとんど写真作品がないというものです。説明的なことが一切なく鑑賞者へ委ねるという行為を写真美術館で行われました。
写真で大切にされている概念としてオリジナリティもあります。オリジナリティへ一石を投じる作家としてトーマスルフは写真を撮らずに他人の作品を模した作品を生み出しています。リチャードプリンスも同じようにオリジナリティを疑う作品を作ります。オリジナリティを手放すという行為は高く評価されています。
日本の写真で大きな流れに主観写真がありました。森山大道などが代表的な写真家です。解像度が下がり記号と認識できるが正確には見えないというような作品が多く入るプロヴォーク、写真よさようならなどが多くの話題を呼びます。ノイズを含む元来良いものでない写真スタイルがかっこいいものとされました。
このノイズのある写真を持ち込んだ写真家として北井一夫も代表的です。
このほかにも、オリジナルプリントの意味合い、写真学科の意義、スポンサーとアーティストの関係などが歴史とともに語られています。
カメラマン作家編
本書はここから著者の経歴とあわせた内容に移っていきます。渡部さとるさんの時代は広告写真が全盛期であり、代表的な人であれば篠山紀信などがいます。
日芸の写真学科で自宅に暗室を持ち写真を撮る日々は同年代の方なら共感する部分も多そうです。
その後新聞社に入社し写真記者となり、日航機墜落現場などの撮影もしました。フリーカメラマンになった際にはオートフォーカスがなかった当時に「動くもの撮ります」というキャッチフレーズを武器に仕事を得ていました。
ポスターに映るモデルの瞳からライティングを学んでいたというのもカメラマンであれば共感する部分でしょう。
フィルムカメラを使用しコダックの繁栄を体験し、そこからデジタルカメラが普及することで帝国が没落するという様子を近く見てもいました。
写真展や写真集もブームであったものの、写真展をやっても何も残らなかったことや、写真集の出版もバブル崩壊にあたり難しくなったことなどを体験します。
その後サイトに執筆していたコラムから旅するカメラを本にします。
ワークショップをやり始めたり、海外のフェスティバルへの参加、目の手術とカメラマンとしての葛藤など渡部さとるさんの経歴を知れる面白い内容でした。
感想
コロナを機にカメラを触る機会が増えてそれをきっかけに写真の歴史を知ろうと思い読み出した本でした。
この性格なものを映し出すという写真ツールを用いて、その表現技法が抽象化されたり体験化されたりよりアートとしての側面が強まっていく様子を絵画と重ねている点非常に面白く読みました。
鑑賞者依存になっていく様子などはまさしく現代の雰囲気だと思っていて、何か教えられる・伝えてもらっているというような行為がなんとなく受け入れられなくあるというものは物事の発展や多様性を考えると納得感があるものでした。
そういう側面を考えるとアートというのは多様な民族がいるような土地で様々な解釈や手法を受け入れながら育まれていくものにも思います。
カメラの最も華やかな時代を日芸写真科、写真記者という王道の経歴を持つ著者からの体験や、本来こんなものじゃなかったのに…という変化を体験してきた視点はとても興味深いものでした。
Youtubeも面白くよく見ているのですが、こういった物を語る系のコンテンツがよりアーカイブされていって欲しいなと思います。
📚 Relating Books | 関連本・Web
- https://note.com/artoday/n/n2f946701b3b4 写真家ジェフ・ウォール-そのプロセスは演技なのか?
- https://yukionodera.fr/ja/ オノデラユキウェブサイト
- https://www.teien-art-museum.ne.jp/exhibition/190126-0407_okanoue.html 岡上淑子 フォトコラージュ 沈黙の奇蹟
- https://newfavebooks.com/interviews/daisuke-yokota/ 横田大輔インタビュー
- https://wired.jp/2011/11/14/「3億円を超える写真」:その理由/ ライン川2
- https://imaonline.jp/articles/bookreview/20171215post/#page-1 ティルマンス
- https://amzn.to/3W8BIEG 岡倉天心 茶の本
- https://amzn.to/3Y6mG45 SEASCAPES 単行本(ソフトカバー) – 2015/12/1 杉本博司 (著)
- https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-2565.html 杉本博司 ロスト・ヒューマン
- https://mikiki.tokyo.jp/articles/-/13375 自分で撮ることにこだわらない写真家トーマス・ルフ、〈見ることの質〉が奪われつつある現代に提示した作品が問いかけるもの
- https://amzn.to/3VE1gcN 写真よさようなら (森山大道写真集成(3)) 単行本 – 2019/12/9 森山大道 (著, 写真), 中平卓馬 (著)
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- https://amzn.to/3iGQDY0 旅するカメラ エイ文庫 文庫 – 2003/9/1 渡部 さとる (著)