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mRNAワクチンの衝撃 コロナ制圧と医療の未来 | ジョー ミラー (著), エズレム テュレジ (著), ウール シャヒン (著), 柴田 さとみ (翻訳), 山田 文 (翻訳), 山田 美明 (翻訳) | 2023年書評#20

以前ファイザーのワクチン開発物語を読んだのですが、今回はBioNTechの開発物語についての本を読みました。ワクチン開発にあたりはBioNTechが開発をしてファイザーが検証や量産面を行ったような側面があり、コア技術を持つBioNTechの物語を読むのはかなり面白くおすすめ度の高い本でした。

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2人の夫婦であるトルコ系移民の背景を持つドイツ人エズレムとウールのバイオベンチャーが元々はどんな会社であったのか、なぜメッセンジャーRNAワクチンの開発ができたのか、コロナウイルスアウトブレイクからワクチン配布までの物語がかなり色鮮やかに描かれています。

相変わらずのトランプ元大統領の迷惑ぶりが分かるのはファイザー開発本と同様でした。

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📒 Summary + Notes | まとめノート

アウトブレイク

発生源は武漢の華南卸売市場とみられることが地元当局から報告されます。当時のことを覚えているのですが、NHKでニュースになり現地の知人に連絡したら「風邪が流行ってるみたい」と言っていました。様々な生き物や海産物の食肉処理を行うウェットマーケットであるこの市場にて異種間伝播が起きウイルスが変異したと見られていました。

ウールは様々な地域と飛び回り講演を行い、軌道に乗っていたがん治療の報告をしていました。気にすることもなかった噂は次第に広がり、ランセット誌のウェブサイトで「人から人への感染を示す…」という記事に目が止まります。10ページにわたるその論文は武漢を旅行した家族の疾患発生についてまとめられていました。

血液、尿、便のサンプルを採取して何かしらの病気を示すエビデンスを探しましたが何にもヒットしません。遺伝子配列を調べてみるとコウモリにしかみられないコロナウイルスと類似していることが判明します。さらに衝撃だったのは無症状の娘さんを調べてみると感染が確認されました。これは言ってみれば殺人者がこっそり潜んで知らぬ間に広がり疾患を持った人へ伝播すると重症や死に至らせるような恐ろしいものでした。

ウールは以前聞いた、感染症は何世紀もの間、人間が歩いたり、馬が駆けたり、船が航海したりするスピードでしか広がれないという話を思い出すと、今のグローバル化した世の中でどこまで早く拡散してしまうのか計算。「これから世界が直面し得るシナリオは次の2つのいずれかだと、すぐに気づいたよ。非常に急激なパンデミックによって数ヶ月で何百人もの死者が出るシナリオか、あるいはエピデミック状態が16ヶ月から18ヶ月にわたって長期化するシナリオか」。

家でエズレムと娘に話したこの話は運悪くも的中してしまいます。気がつくとフランスで感染者が確認され、ヨーロッパ初の感染者が確認。このタイミングでウールはビオンテックの監査役であるヘルムートへウイルス開発に取り掛かる意思を示します。

ビオンテックはがん免疫療法に強みを持つmRNAの研究を行っており、ウイルス感染症に対しては未知でした。ワクチンをゼロから開発し承認を獲得し、生産するということがいかに長い道のりか理解していたウールとエズレムは世界を助けるために、自社の少ないリソースをワクチン開発へ割り当てるかけに出ます。

二人は医療研修時にがん治療にあたる中、「免疫系の調教」を体内に投入することで、体内でがんの免疫反応を幅広く引き起こすmRNAに注目しました。mRNAは体内に投入され役割を終えると分解するために危険性も少ない一方、その繊細さがゆえに臨床研究の場ではほぼ無視されていた存在でした。メッシーRNA(めんどくさいRNA)と呼ばれたりしていたそうです。ただし、そのシンプルさや応用可能性には魅力があり、医薬品に含める成分は対象の遺伝配合のみ。この有望さに二人の科学者は注目していました。

がんは何十億もの多彩な細胞からなるために、mRNAにより患者ごとに対応したカスタマイズ薬を開発することを目標としていました。ワクチン開発以前にはビル・ゲイツと直接話す機会もあるほど注目された技術でした。mRNAの開発プラットフォームがあるものの、感染症については素人。コロナウイルスが持つスパイク蛋白質が良いターゲットとして開発を行えばよいのではと多くの文献を読み掴みます。

2020/1/24時点で感染者は世界で1000人に達しており、1週間たりとも無駄にできないと、25日は二人で開発を開始。26日の夜には候補を8つまでに絞り込み大まかな計画を立てました。

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ウールは根っからの科学好き少年で小さい頃に母親が買い物をしている間に近くの本屋で科学誌を読んでいました。カール・ポパーの著者から「人は自分で自分を納得させなければならない」ことを学びます。「われわれはワクチン製造会社になるんだ」とチームに伝えると最優先で取り組みます。

ライトスピードの初期につながりのあったファイザーにもコンタクトし、最初のコンタクトでドーミツァー博士は「このウイルスはいずれ制御されるだろう」という見解を示し過去の感染症と同様にすぐに収束すると伝え提携を拒否しました。ビオンテックの技術の成熟度はたしかに高くないために仕方がない判断です。しかしながらもドイツのPEIやアメリカのFDAなどをコンタクトを開始し承認手続きについての最速化を目指し開発を続けます。

様々な関係者と競技する中で感染症の難しさも痛感します。ウイルスが変異する可能性についてグレアム氏からアドバイスを受け、その側面についても理解しつつ、エビデンスに従い開発を行う姿勢を見せます。4月の治験開始のために最速のスケジュールを組み上げていきました。

RNAワクチン開発には社内のメンバーの得意分野が活きました。多くの研究者はそれぞれの分野で活躍していましたが、製薬や研究業界にありがちなプロジェクトが無くなったために転籍を余儀なくされたためにビオンテックに入社したメンバーも多くいました。ハンガリー共産主義時代からアメリカに移ったカタリンカリコはワクチン開発のキーメンバーとなります。カタリンあアメリカでmRNAを専門とする研究者でしたが、ペンシルベニア大学での研究資金の陰りがありヨーロッパ訪問時にウールと面談しビオンテックに2013年移籍していました。

2020年1月にオープンソースのウェブサイトに新型コロナウイルスの遺伝子配列がアップされます。上海公共衛生臨床センターの張教授によるものでした。

virological.org

Virological

この情報などを参考にして遺伝子配列のテンプレートを作成。

新型コロナウイルスワクチンが取り扱えないレベルのウイルスであった所、スパイク部分だけの複製にすれば基準が下がるために取り扱えるようになるなど、工夫に工夫を凝らし最速の開発は続き3月に試験を開始します。

同盟締結

3月に入ると、ファイザーとの提携が突然発表されます。中国のフォースンとの提携も同時期にすすめていたことや、秘密裏で進められていたこともあり、ビオンテック社員も報道で提携を知る突然さでありました。

巨大製薬会社との契約に対して、ビオンテック社員はかなり慎重になります。というのも過去小さいバイオベンチャーは巨大製薬会社に不合理な契約を結ばれてしまい自由を奪われるという不遇さがありました。ウールはここでも自身の正義を信じて最速で世にワクチンを届けるためにすべて情報は公開することなどチームに指示します。

それにはウールとエズレムが率いたガニメドが買収された話や、シュトリュングマン兄弟から出資を受けてビオンテックを独立した存在として維持していたなどの経験もあり慎重になる理由もありました。

ファイザーアルバートブーラはギリシャ出身で長年ファイザーに努めて社長まで上り詰めた人間でしたが、ヨーロッパに来た際に面談し、互いの背景や人となりで信頼感を得ます。

3月16日、並行して2社を提携をしたことでついにプロジェクトライトスピードが世に報道されます。ここでもウールの目標は変わらずに、大事なことは最速でワクチンを世に届けることでした。

そうすると、ビオンテックに対して批判の言葉も届き始めます。ビル・ゲイツと共謀してマイクロチップを注入しようとしているのでは、といった言葉や直接会社にまで来る人間も居たと言います。

試験で協力な免疫反応を示すとビオンテックではラスト1キロメートルのマラソンに入ります。製造を視野に入れると予め多くの薬剤を購入する必要が出てきたために、最高戦略責任者のライアンリチャードソンがアメリカで資金調達を試みますが、ドイツに拠点を置くビオンテックはドイツの新株発行時の規制である5%以上のディスカウントが違法とされたために、アメリカでの投資家の合意が得られませんでした。(そのためドイツ製薬会社はオランダに拠点を置く)

ドイツ政府とコンタクトが開始されると、製造拠点の検討が進んだ6月15日にいよいよドイツ政府が資金提供の発表をしました。ワクチンの値段設定の際には、先進国には高く、新興国には原価に近い値段で提供と検討していましたが、アストラゼネカが原価でワクチン提供を計画しているという報道により困難に当たります。

価格計画の当初は、投与量も不明確であったのですが、試験が進むにつれて元々の量よりも少ない量でも十分に効果があることが立証されつつあり、想定の値段から大きく低下します。そこへイギリスのボリス・ジョンソンがいち早く購入を表明。

その後ワクチン接種が進んだ世の中で研究者達が、ワクチンによる経済効果を資産。年間ワクチン投与は世界中に17兆4000億ドルもの利益をもたらすと発表しました。摂取者1人あたりに換算すると5800ドルにもなるものでした。

一方で、ファイザーを通じて選挙が迫るトランプ政権から圧力もありました。FDAが新型ワクチンの承認を中間選挙の後にしようとしているとツイート。アルバートブーラは「COVID-19ワクチンメーカーによる誓約書」という、ワクチンメーカーが安全規制の省略をしないことを宣言します。

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Biopharma Leaders Unite To Stand With Science | Pfizer

www.pfizer.com

COVID-19 Vaccine Maker Pledge | Pfizer

そしていよいよ、ファイザー開発本でも書かれていた治験結果の報告の場面です。ウールが家族に対してこの感染症の被害を計算した家でアルバートブーラより電話を受けます。治験の結果は「効果あり、しかも大ありだ!」というものでした。

感染予防は90%以上。これは前例をみないレベルの高さでした。75%以上あれば嬉しいと期待していたアメリカ、ファウチ博士はこの報告を驚くべき結果と称賛しました。未知数だった感染症ワクチン開発において、スパイク蛋白質が免疫反応のターゲットになることが大いに証明されました。

ニューノーマル

ワクチンの製造が開始され、最初の摂取がイギリスで行われました。ビオンテック社員は製造される様子や待ち構えるトラックの写真をウールに送り嬉しさを共有しました。

その中でも新しい話題は続き、推奨の注射針の検討から1瓶ごとの摂取回数が見直され無駄を少なくする作業もありました。また変異株に対してもエビデンスを取得し、十分に効果があるということを確認。イスラエルでは大規模なデータが取得でき効果が確認されました。

プロジェクトライトスピードは、今までの創薬開発のスピードをはるかに短縮した驚異的な舞台裏であり、新しい業界標準となり得るでしょう。

また、このプロジェクトに関わったのは、トルコ系移民の背景を持つウールとエズレム、小さなバイオベンチャー共産主義時代のハンガリー出身のカタリン、その他にもドイツ出身のアメリカ移民、モロッコ移民、ファイザー社長はギリシャ出身、最初にワクチン投与した看護師はフィリピン系イギリス人という、多様なメンバーにより構成されていました。

開発でさらに強固になったmRNAプラットフォームを通じて、ビオンテックがスピードダウンしていたがん治療のメイン事業に今後期待したいです。

印象的な言葉

まずは最速を、それから最高を目指せ

感想

ワクチン開発の舞台裏をビオンテック目線から読むことができるとてもエキサイティングな本でした。ファイザーという大企業の名前が先行していたために、あまり認識していなかったですが、ビオンテックの技術や開発が主であり、その裏にどれだけ困難なハードルがあり工夫により解決していったかとても細かく書かれています。

そもそも、がん治療専門の企業だったバイオベンチャーが未知数の感染症ワクチン開発に踏み切るという、投資家だったら理解できないレベルのピボットをして、実際に成功させてみせるのはmRNAワクチンの可能性を示すとともに、ビオンテックという企業がどれだけ素晴らしいか証明したように思います。

根っからのサイエンスオタクのウールと、そのウールの言葉を分かるように届けることができるエズレム。そんな夫婦が率いるバイオベンチャーが世界を救うとは誰が考えていたでしょうか。

その二人は製薬業界での立ち振舞いの難しさや資金繰りの難しさ、独立することの必要性を心情に会社運営をしていたものの、ファイザーとのワクチン提携ではその姿勢を崩し、世界を救うことを優先しました。この素晴らしい夫婦が居なければどうなっていたのでしょうか。

希望が持てるとても素晴らしい本でした。

📚 Relating Books | 関連本・Web

  1. https://ja.wikipedia.org/wiki/バイオンテック バイオンテック
  2. https://ja.wikipedia.org/wiki/ウール・シャヒン
  3. https://ja.wikipedia.org/wiki/オズレム・テュレジ
  4. https://mr.ten-navi.com/topics/ガニメド買収でアステラスはイクスタンジに次ぐ/ ガニメド
  5. https://www.science.org/content/article/fact-check-no-evidence-supports-trump-s-claim-covid-19-vaccine-result-was-suppressed
  6. https://www.pfizer.com/news/press-release/press-release-detail/pfizer-and-biontech-announce-vaccine-candidate-against