ファイザーワクチン開発の舞台裏について書かれたムーンショットを読みました。
感想
コロナの感染拡大に伴い、SNSを通じて多くのデマやフェイクニュースが流れました。とにかく外出を控えて我慢しなければ行けないという雰囲気を一気に変えてくれたのはmRNAワクチンの登場だったと思います。
本書はファイザーの現社長であるアルバートブーラ氏がコロナ発生からどのようにワクチンの開発、認可取得、生産、必要な人々への配布にまで試行錯誤したのかが書かれています。
ワクチンを信じる・信じないはもちろん有効性は人やタイミングによって変わる可能性があるので難しい判断を含むとは思いますが、ファイザーが掲げる「Science will win」というスローガンをもとにいかに科学的な発明であったのか認識しておくことはとても良いことなのではと思います。
scrip.pharmaintelligence.informa.com
もちろん、多くの死者が発生しその遺族や関係者の方にはとても残念なことに思いますし、武漢に友人も居て日々不安な様子を聞いていたために多くの犠牲があったことは悲しく思います。
一方で、本書内でも触れられていますが、全力で対応するファイザー社長を無下にするような態度でフェイクニュースをばらまいた元米国大統領のトランプ氏など、陰謀論的に語られていることがとても残念です。
本書の内容が少しでも多くの方へひろまり、より根拠に基づいた認識がひろまれば嬉しく思いました。
📒 Summary + Notes | まとめノート
準備のない者に幸運は訪れない
ファイザーは最大手の製薬会社でしたが、アルバート氏の社長就任とともに、25%の売上を持つジェネリック部門を切り離しスリム化を行います。「最大の企業ではなく、最高の企業」を目指すをいう方針の元に行われたこのスリム化はパンデミックの2年前のことでした。成長の遅いこの事業をカットすることが後に起こるパンデミックのワクチン開発に対して功を奏することになりました。
Courage、Excellence、Equity、Joyと4つの方針を掲げ患者の生活を変えるブレークスルーを起こすことに注力します。
本書のタイトルにもなっている「ムーンショット」はケネディ大統領のムーンショット(月へのロケット打ち上げプロジェクト)から来ており、これからの組織改革はまさしく困難なことに対する問題解決をすることができたムーンショットの準備になりました。
非常事態
中国で感染拡大が確認されたコロナウイルス。アメリカではホワイトハウスへ製薬会社の幹部が招集され対策が練られます。最初の招集に対してアルバート氏はギリシャのフォーラム参加があったため研究開発部門トップのミカエル氏が代わりに参加。
予防薬かワクチン開発かどちらが大事であるかミカエル氏と内容を整理しホワイトハウスへの集まりにファイザーは参加します。ホワイトハウスでの会議が終了しトランプ大統領やファウチ氏とワクチン開発に取り組むことに合意し、アルバート氏はギリシャからの帰国便で集中すべきことをメモに書きます。
開発に関する号令を社内でする中でも事態は刻一刻と変化し、リモートワークが開始され、オフィススタッフ(バリスタや掃除スタッフなど)に対して給与の支給を止めないことや、開発の体勢をどうするか、予算はどうなるのかなど次々に決断を下していきます。
「当然」が常に正しいとは限らない
コロナワクチンの遺伝子配列が公開されたとき、ファイザーにはmRNA型のワクチン意外にも選択肢がありました。競合のモデルナは社名からわかるようにmRNA型のワクチンに特化したチームであり、mRNA型ワクチンの開発に取り組む一方で、ファイザーはアデノウイルス、組み換え蛋白、結合型、mRNAなど数多くの技術プラットフォームがありました。
その中でファイザーが選択したのは、2年前に提携したビオンテックが専門性を持つmRNA型のワクチンを選択します。mRNAの仕組みは弱毒化または不活性化された病原体や、病原体の感染力を持たない部分だけが含まれるものを体内に打ち込み免疫力をつけるという従来のワクチンの仕組みとは異なるものでした。
実際の病原体は体内へ注入されず、病原体の構成物質の一部である蛋白質を私達の体内で生成する指示書であり、体内へ注入されるとリボソームに届けられ、リボソームは指示書に従い、病原体の一部を生成しはじめ、免疫反応を呼び起こすことで、実際に病原体が侵入してきた時に体を守ってくれるという仕組みです。
mRNA型の開発へ踏み切った背景には、ビオンテックのチームが中国の研究所が公開した遺伝子配列を元にmRNA型ワクチンの開発が最も有効として推薦したためだそうで、アルバート氏からするとそれは大きな賭けだと感じたそうです。
社内で精査した後に、この推薦が良いとの判断がファイザー内でもくだされます。インフルエンザワクチンで提携していたビオンテックとこのコロナワクチン開発でも提携を決断します。提携の書類を本来準備する必要があったのですが、この緊急事態のためすべて後回しで開発がスタート。両チームは開発へと動き出します。
大きく考えれば不可能も可能になる
通常のワクチン開発には多くのステップを要し時間がかかります。(大一相、二相、三相の治験)このステップを終わらすためのスケジュールを社内チームで共有し、チームからあげられる現実的なスケジュールを何度も再検討し期間を短縮していきます。
開発のスケジュールと同時に生産の計画も作成していき、失敗すれば多くの損失を被るリスクがありながらも、チーム内で最大限可能なスケジュールを設定していきます。
特に生産からワクチン配布までに厄介であった温度管理についても同時に検討され、冷凍保管できるコンテナを作成するところまでファイザー内で実施されていきました。
ライトスピード(光速)
この活動はプロジェクトライトスピードとされ、組織の壁を超える様々な部署で文字通り光速の決断がくだされていきます。ファイザーに任命されたのは通常のスピードとは異なる八ヶ月での開発、3億回のワクチンではなく30億回の量の生産・配布です。
2020年4月にはついに4つのmRNAワクチン候補まで絞られます。通常これらの候補は別々のタイミングで試験され1年ほどかかるところを並行に行い1ヶ月で完了。最終候補に残った2個から1個へ絞る段階で急いでいる中試験結果を見極めるために1週間判断を遅らせる勇気も見せます。
第二相までの4万6000人が参加した治験データをFDAへ提出し緊急使用許可を要請し、最終的に絞られた1つのワクチンの第三相試験を開始します。
当時アルバート氏は社内でプロジェクト管理的な立場で各チームに対してかなり無理な要求を繰り返していたため、六ヶ月ごとに行われる社内評価(部下から上司を評価)において悪いスコアが出てきたため、反省していたらしいのも裏話として書かれています。
至上の喜び
治験の結果が出揃うというころアルバート氏はミカエル氏を含む幹部メンバーと臨床実験メンバーとの打ち合わせに向かいます。予定時刻を過ぎても入ってこない実験メンバーを待つ数分間はとても長く感じており、ミカエル氏と有効性が70%もあってくれれば良いと話していました。
そんななかチームがテレビ会議に参加し、会議が開始され有効性を確認。そうすると95.6%という驚きの有効性の結果が来ます。記者会見もその後に控えていたため90%以上の有効性があると報告することが決まります。
家族やビオンテックのチームへと報告し至上の喜びを分かち合います。FDA、ホワイトハウス陣営のファウチ氏へも報告。各所から感謝の言葉をもらいます。
過去、現在、未来
メディアへこの結果が報告され、報道され始めると各国の首相から電話が相次ぎます。その中でトランプ前大統領が不満を持っているとの知らせが舞い込みます。なぜならば選挙前に本来であれば報告できたであろうことをあえて選挙で不利になるように選挙後に報告したのではないかという理由からでした。
結果としてトランプ前大統領はファイザーへ一本の連絡もなく終わったということでした。
製造ー第2の奇跡
記録破りの速さでワクチンを創薬した次は製造を大規模に行う必要があります。ファオザーの製造部門を統括するマイクマクダーへバトンは渡されます。世界42の製造拠点があるファイザーの中で、安全を確保しながらいかに生産を大規模にかつ迅速に行うかは困難がありました。
アメリカのミズーリ州、ミシガン州、ヨーロッパのベルギーにある施設が製造拠点として選ばれmRNA型ワクチンの生産を行います。
生産のための原料確保には各国が制限をしはじめていたため、パートナーを多く見つける必要がありました。製造施設を確保するためには新しい建屋の建設が必要になっていたときには、テスラがテントでラインを作成したことと似たように、プレハブ式のモジュールを設計しその中で作ることで時間短縮を可能にしました。
輸送のためにマイナス70度をキープしなければならなかったためにエンジニアチームの協力を得てコンテナの設計も行います。開発から269日目という驚異的なスピードでワクチンの最初の摂取者が誕生しました。
その後にはワクチンを1滴たりとも無駄にしないために、どの針で打つべきか、それであればデッドボリュームをなくせるかを検討し使用者へ周知も実施。
公平ー言うはやすく行うは難し
次の話題はワクチンの価格です。通常ワクチンの価格を計算する際には患者や医療システムや社会にもたらす価値を計算し、削減される医療費の経済的価値を測ります。
通常の算出方法からであれば1回の摂取が600ドルとしても十分という結果になりましたが、通常の価格設定にすると公平に行き渡らない可能性があるため(高すぎると感じたため)に他のアプローチで算出を検討します。
次に検討した方法は、世の中にあるワクチンの値段から検証です。はしか、肺炎などワクチンは1回につき150ドル程度。これであれば公平であろうと、この値段にて各国首脳と交渉し大量購入に対しては値引き交渉なども実施します。
ただし、金銭的な公平性よりももっと価値のあるものを手にする機会なのではということで、さらに安価なインフルエンザワクチンである70ドル、30ドルと言った値段設定へと方針転換します。
高所得への国々へは70ドルにし、所得の低い国へはさらに安価な値段で交渉することになりました。
さらに難しい問題は、各国どこも早く入手したいがために配分がとても難航したことでした。ホワイトハウスとの交渉においても、ファイザーの提案をのまずに供給量を低く見積もっていたところ急に大口の供給を要求されたことや、各国のしがらみがあり他のワクチン購入を決めた国々などがありました。南アフリカやインドは結果として変異株に対する有効性が低いとみられるワクチンが配布されたがために変異株発生時に多くの感染爆発を呼ぶことになりました。
希望の光
各国で難航する中で最も賢明な国はイスラエルでした。集団免疫に必要なワクチン量を計算し、医療制度も整っているため摂取者のデータ取得も可能であったためファイザーにとっても効果を検証しやすい国であり、それでいてかつ首相が賢明であり国民へはやくワクチンを届けるために何度もコンタクトを取っていました。
ある時はイスラエル時間夜中の2時から弁護士チームを含めた法的書類の合意をスピードアップするために会議設定をします。
イスラエルの集団免疫獲得の速さの背景にはファイザーとの密なやりとりがあったのには驚きました。
ワクチンキャンペーン中にイスラエルでは選挙があり政権が交代する事態に陥りましたが、ワクチンへの対応は政権交代前後で変わることなくスムーズに行われました。
デルタ株が発生した時も、ファイザー内での有効性確認の治験と伴いイスラエルでの有効性のデータと照らし合わせたり、重傷者の少なさを確認するなど実施。
デルタ株に合わせた3回目の追加接種を決めたのもイスラエルチームの要望であり、この対応は世界各国から参考にされることになりました。
信頼の科学
アメリカでは製薬会社への信頼が低い傾向があり、トランプ前大統領はFDAの承認を遅らせているものがいるのでは無いかという証言を取ろうとアルバート氏に電話した時に採算FDAになにか悪いことはないかと聞き出そうとしていたそうです。
ファイザーは今回のコロナウイルスのワクチン開発において、よりオープンに、より透明にということで計画の公表を早くから実施しました。
科学は勝つというスローガンを広告で流すことも実施しました。
結果としてベスト企業にファイザーがランクインすることも増え信頼を取り戻し始めつつあります。
ムーンショットは続く
今回のコロナワクチン開発はまさしくムーンショットでした。通常かかる時間を大幅に短縮し、今まであったプロセスを見直す機会にもなりました。
これら5つは今回の開発から学んだことであるとアルバート氏は言います。
印象に残った文章
卓越性は偶然にもたらされるものではない。それは多くの可能性のなかから選び取られた賢い選択のたまものである。人の運命を決するのは、好機ではなく選択なのだ。 ー アリストテレス
今年も終わりに近づきましたがまだまだ書評が書けていない本が沢山あり、できる限り年末で書いていきたいと思います!