今は亡き瀧本さんが序文を書いているピーター・ティールのZero to Oneを読みました。瀧本さんの貴重な文章が読めると思うと懐かしく、また新しい文章が読めないと思うと命の儚さを感じます。瀧本さんがどんな紹介も受けないというポリシーがあったようですが、ピーター・ティールの本の日本語版を先に読むことができるという誘惑に負け書いてしまうという気持ちがアラン・ブルームの引用とともに書かれており、高揚が感じ取れます。
ピーター・ティールは多くのペイパルを成功させたメンバーであり、ebeyへの売却により多額の利益を得た後にベンチャー企業に投資するVCに属し、また政治的にも多くの影響力を持ちその思想や発言は注目され続けています。
本書ではゼロから生み出すための考え方や成功事例、また流行りのリーンスタートアップへの批判なども含め彼の考えが垣間見れます。ペイパルやパランティアでの成功の物語も面白く楽しいと思えるメンバーと熱中できる仕事への向き合うことの大切さを改めて理解できる本でした。
📒 Summary + Notes | まとめノート
1999年のお祭り騒ぎ
1990年代ベルリンの壁は崩壊し、アメリカは不況、ソマリアではアメリカ兵が命を落とす様子がケーブルテレビで何度も報道され、雇用はメキシコへ流れるグローバリゼーションの風が吹き、半導体は日本が制している時代でした。
ドットコムバブルと呼ばれる現象は誰もが起業しものすごい高値がついて売却されるということがピーター・ティールの周りでも日常として起こり、ペイパルはその中で使命を持ち事業を起動に乗せようとしていました。ペイパルはWSJが価値を5億ドルとする記事を上げると、とある韓国企業は500万ドルを口座に送りつけて返金の口座すら教えてくれなかったという程です。
2000年に入るとバブルは一気に崩壊しシリコンバレーで教訓ができます。
- 少しずつ段階的に前進すること
- 無駄なく柔軟であること
- ライバルのものを改良すること
- 販売ではなくプロダクトに集中すること
ただし、ピーター・ティールの教訓はこの全く逆と言って良いものでした。彼が逆張り投資家と言われる所以でもあるように思います。
- 小さな違いを追いかけるより大胆に賭けたほうがいい
- 出来の悪い計画でも、ないよりはいい
- 競争の激しい始業では収益が消失する
- 販売はプロダクトと同じくらい大切だ
競争と独占
ピーター・ティールは独占について、独占企業は責められて当然と言いながらも、そう言えるのは世界がまったく変化しない場合だけだと言います。独占起業は既存のビジネス領域で確固たる収益源があるために競争に追われることなくイノベーションを起こし続ける事ができ、Googleはその好例です。独占はすべての成功企業の条件です。競争は避けるべきというのが彼のスタンスです。
破壊するというフレーズが一時期流行っていましたが、ピーター・ティールは破壊しない事も重要であるとしています。ナップスターは破壊すると豪語していましたが様々な軋轢から存続できない状態へと陥りました。
隠れた真実
誰も築いていない、価値ある企業とはどんな企業であるか?それは重要だけれども知られていないなにか、難しいけど実行可能ななにかだ。今では人類が多くの発見をしており探究心を失わせている事で隠れた真実への到達を阻害していると言います。
- 漸進主義
- リスク回避
- 現状への満足
- フラット化
隠れた真実は探さなければ見つからず、アンドリュー・ワイルズはフェルマーの最終定理を根気よく解きました。エアービーアンドビーやウーバーは未開拓の需要と供給に気が付きました。振り返ればごく当たり前に見える洞察が、重要で価値ある企業を支えているのだとすれば、偉大な企業が生まれる余地はまだたくさんあり、探求し続けなければ価値のある領域は見つける事ができません。
チームについて
パイペルに居た頃ピーター・ティールは仕事を超えて付き合い続けたい仲間と仕事をしていました。ゼロから1を生み出す事は一人では難しいですが、仲間がいれば実現に近づけます。採用の際にはストックオプションが、福利厚生が、ということよりも何より、会社の使命について共感できるか、チームについて一緒に働きたい人たちかという事がとても重要であると言います。待遇競争して入るような社員であれば役に立たない事がほとんどです。
カルトに近しいような文化があり、コンサルタント(ニヒリズム)と対局にあるような組織が良いとしています。
営業について
銀河ヒッチハイク・ガイドでは営業マンは嫌われており、地球脱出をした営業マンとコンサルタントは役立たつだと描かれています。シリコンバレーでは良いプロダクトがあれば魔法のように販路が開かれるというような幻想があり、クールなものを作ることばかりに執着しますが、ピーター・ティールは営業の大切さも説きます。
一流のセールスは売り込みとはわからないような素晴らしい営業をし、極端な例としては営業さえ良ければ独占を築くことだって可能だとしています。スペースXやパランティアではコンプレックスセールスにより、営業マンは居ないながらもイーロン・マスクやアレックスカープが直接顧客と会い顧客獲得を行いました。高額商品であれば営業マンが担当するよりもCEOなどが営業する方が良いでしょう。
ボックスはファイル共有についてスタンフォード睡眠クリニックに個人セールスをして、その後スタンフォードの学内で使用される事になりました。
ペイパルは当時ebeyでのパワーセラーに注目し、彼らは素早く手間の省ける送金が必要であったことからebeyでの標準機能としてペイパルの利用を促しました。
販売なんてなくても良いと思っている人たちも居ますが、成功した企業は誰しもが売り込み方は異なるものの、誰もが売り込んでいます。
人間か機械か
コンピューターやAIが人々の仕事を奪う論争は後を絶ちません。ピーター・ティールはテクノロジーは人々を補完するものであり、人間が苦手な部分を手助けするものと強調します。
ペイパルではクレジットカードの不正利用のパターンを突き止めアルゴリズムに組み込み自動で検出できる仕組みを作りましたが、それだけであれば詐欺師たちはすぐに新しい方法を見つけ出しソフトウェアだけではうまく機能しませんでした。そこで、ソフトウェアを書き換え、疑わしい取引にはインターフェイスを整えフラグを立てて、オペレーターが最終判断を下すハイブリッドなシステムにした所機能しました。
パランティアでも同様で、FBIはオサマ・ビン・ラディンの情報を同じアプローチで探し出し発見までたどり着きました。
エネルギー問題について
北京の空気汚染は深刻であった事やバングラディシュの井戸水にはヒ素が検出されるなど環境問題の解決は明白で、クリーンテクノロジーが多く生まれましたが結果バブルに終わります。
これらの理由は7つの質問をなおざりにした事が原因だと指摘します。
- エンジニアリング
- タイミング
- 独占
- 人材
- 販売
- 永続性
- 隠れた真実
偉大なテクノロジー企業はライバルよりも何十倍も優れてたプロダクトを持たなければいけないものの太陽光発電会社はプロダクトの差別化もなく、差別化もなく競争に晒されます。人材はというと多くがビジネススーツに身をまとい資金調達や助成金獲得に動く人ばかりでテクノロジーはお粗末でありました。ベタープレイスの電気自動車はルノーからセダンを買付、電池を搭載し、テルアビブの決まった道しか走れないという恐ろしく書いづらい代物であり、ソーラーパネル会社は中国の低価格な商品を倒産理由として破産申請をしています。
テスラはこの7つの質問すべてに答えており、技術的にもテスラの技術を活用する自動車企業が多く現れる程です。最初の自動車製造はロードスター3000台に限定して、そこから価格の低いモデルSを開発できる資金を獲得しました。販売は自社で管理し顧客とのチャネルを持ち、クールでなかった電気自動車をクールで持っている事がステータスになるようなプロダクトを作り込みました。
感想
新しい物事を生み出すためのマインドセットから、成功の条件、シリコンバレーや社会で言われている成功法則へのピーター・ティールの視点(逆張り)を垣間見れる内容でした。
逆張りと表現されていますが、ピーター・ティールが言っている事は社会で起きている事に対して好奇心を持つオタクのように自分の頭で考えて理解していこうという事でしょうか。
個人レベルとしては隠れた真実の探索、チームレベルでは共通の使命に共感した情熱のあるメンバーで仕事に取り組み、仕事に対しては独占できるものでセールスを戦略的に重点的に取り組むという観点は当たり前と思いながらも纏められていると成功へのマイルストーンが綺麗に表現されているように思いました。
今僕たちにできるのは、新しいものを生み出す一度限りの方法を見つけ、ただこれまでと違う未来ではなく、よりよい未来を創ること。つまりゼロから1を生み出すことだ。そのための第一歩は、自分の頭で考えることだ。古代人が初めて世界を見た時のような新鮮さと違和感を持って、あらためて世界を見ることで、僕たちは世界を作り直し、未来にそれを残すことができる。
本の本流から少し違いはありますが、ドットコムバブルやクリーンテクノロジーの数々の倒産の話を見ると日本も政策がうまく行かないと言われ癒着や支援金をかっさらって潰れるというようなものが多いと思っていましたが、アメリカも結構派手に失敗しているように見えました。
多くの資金が集まる分野に短期的な利益に旨味を感じてくる参加者はどの世界にも居てそのスケールも日本とは比べ物にならない経済が動いている。ただそこで成功事例として生き残るものは日本に無くアメリカでは台頭していく、というのは不思議に思いました。
日本社会に蔓延する悲観主義に囚われないであいまいな楽観主義を纏う事も忘れないようにしたいと思える本でした。
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