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世界インフレの謎 | 渡辺 努 (著) | 2024年書評10

以前読んだ物価とは何かの著者渡辺さんの著書世界インフレの謎を読みました。

ohtanao.hatenablog.com

前回の本が物価に関して一般的な説明が多かった基本の話だったようなイメージですが今回の世界インフレの謎はよりコロナ後のインフレ現状の解説がありその時の状況を解説する応用のような内容かなと思いました。

本書内後半の日本個別の特殊性や課題については前回内容と重なる部分もあるように思いましたが、説明方法が変化してよりわかりやすくなっていたように思います。

📒 Summary + Notes | まとめノート

なぜ世界インフレが起きたのか?

コロナ後FRBが利上げをかなりパワフルに進めた事からわかるように世界中で大きなインフレが問題とされていた状況にありました。(現在では利下げに転じそうな局面ではあります)

リーマンショック後世界は低インフレに悩まされておりその要因は3つと考えられています。

アメリカのマクロ経済学トーマス・サージェントが米国インフレの克服という本を出したように高インフレは克服できた、コントロールできるものと考えられました。

その常識から考えると、今回のインフレはなぜ起きたのか?まず、いつからインフレが始まったのかということを考えると、ウクライナ戦争の開始前からインフレが始まっていた、予測も上がっていた事から戦争によるインフレという考えは無いという事がコンセンサスになっているようです。インフレを加速させる要因では認められていますが、1.5ポイントの上昇を与える影響であり、8〜9%もの変化の原因では無いとしています。

コロナにより失業率が上がりましたが、今までの基準とされていたフィリップス曲線から予想された失業率とインフレ率の関係性では失業率4%程度ではインフレ率2%でしたが、2021−2022年ほどでは同失業率レベルにてインフレ率は5%ほどまで乖離しました。

多くの経済学者はフィリップス曲線などを元にインフレは起こらないと予想していました。一方で著者は過去のスペイン風邪の際にインフレ率が30%を超えるような国もあり多くの労働人口が亡くなり働き手を失った時を参考にして物価上昇を警告していました。

今回のインフレに対して、需要が強すぎるのか、供給が足りないのかという議論が多くされています。中央銀行は需要が強すぎるインフレに対しては利上げして対処できますが、供給が足りない状況に金利上昇が効果があるのかは難しい議論とされています。

面白い事にコロナ禍で起きた緊急事態宣言とロックダウンで人々の行動変異がどう起こったということを調べたデータがあります。緊急事態宣言はいわゆる自発性に頼るお願いレベルのものでロックダウンは強制力のあるものです。驚く事にどちらも効果は変わらずおおよそ8.6%程度の外出が減り差異があまりないものでした。一つの仮説としては情報化社会に伴い恐怖心が伝搬し、どの国でも恐怖心をベースにした自発的な外出控えがあったのだとされます。そういう意味合いでは情報通信技術の発展による経済被害が発生したと言われいます。

今回のコロナのケースでは2つの相反する現象が物価へ影響を及ぼしています。

労働者の恐怖→現場へ復帰しない→生産能力の低下→物価上昇

消費者の恐怖→対面型サービスの需要現象→GDP減少→物価低下

FEDはインフレは一過性として最初コメントしており、恐怖心による物価変動を大きく考慮されずに、一般論として誰もがコロナが収まれば後遺症もなく経済は戻るとしていましたが、今でも元通りとは言える状況にありません。

現代社

今回起きたコロナが経済に及ぼしたケースがいくら前例を参照しようとしても結果も出ず予想は上手くできていませんでした。

一つは現代では米国消費に占めるサービスとモノの割合が考えられます。2019年ではモノが31%、サービスが69%でしたが、2022年にはモノが35%、サービスが65%へと反比例します。コロナでは人と接触するようなサービス消費は抑えられたので自然な傾向です。

米国では近年グローバル化の影響で設計だけしてものづくりは外国で実施するようにモノの割合が大きく低下していましたがコロナを機に大きく揺り戻されました。

これは自然な流れで経済発展すると生活に必要なモノは充実して発展した国ではより十分な状態になり、体験を得るサービスにシフトしていた一方で、今回のサービス抑圧があると消費の割合ではモノに移動します。

サービスの需要が低下すればサービスの価格は低下するというのが通常の流れですが、サービスは価格硬直性が高いために低下が見られず結果インフレとなります。

ここでさらに起きたのはGreat Retirementと呼ばれるような働き手の大きな減少です。サービス業などではコロナの後遺症としてソーシャル・ディスタンスを意識し恐怖心を起因と思われる現場復帰がおこわ無い状態となりました。過去のパンデミックでは20年ほどは影響を受けて賃金上昇を引き起こすとされていましたので、今回のコロナを考えるとワクチンという医療技術があり過去ほどの影響はなくても長くて20年は視野にいれるべきでしょう。

これに加えてグローバル化から自国完結に回帰する動きも多くの企業で見られています。

3つの後遺症

本書でまとめられているコロナでのインフレの流れには3種類の後遺症によるものだとしています。

  1. 消費者の行動変容
  2. 労働者の行動変容
  3. グローバル化

この「新たな価格体系」への移行が起こる中、万年デフレ国の日本でもインフレが起き始めました。

世界から切り離されている日本(慢性デフレ、急性インフレ)

多く語られているように日本はデフレ国であり、世界最下位もしくはほぼ最下位のインフレ率です。米国が7.68%、韓国でも3.95%というように日本の1%は特殊な状態です。

最下位であることが問題なのかというと2%として目標が定められておりそれより高いのも問題なので高ければ良いというものではありません。ただし低インフレであると、中央銀行のデフレ方向への対応策が機能しない(対応策が無い)状態が慢性的になり問題です。

また、輸入が多い産業ですと材料費は上がり、価格転嫁できない企業の場合利益が圧迫されます。

さらにはエネルギー産業など輸入に頼らなければいけない電気、ガス、ガソリンなどでは値段が上がるために消費者の家計が圧迫されます。

日本の問題の詳細は物価とは何か、により詳しくあった記憶ですが、日本人のマインド(ノルム)が賃金は上がらない、価格上昇したらいつものお店ではなく安いお店を探す、価格転嫁を容認しないなど、デフレ禍であれば自然なマインドが根付いてしまっている事が問題です。

いわゆる「安い国」化してしまいます。

賃金、物価スパイラルを引き起こす3条件がまとめられており、

  1. 労働需要が旺盛であり、それにもかかわらず受給が逼迫していること
  2. 企業の価格決定力が強く、人件費増加分を価格転嫁する能力があること
  3. ライバル企業も価格転嫁すると考えられること

本書を読んでいて未来が明るくなさそうだなと感じるのは、日本企業の賃金改定率と企業割合のグラフで、バブルのころは賃金改定を行わない企業は少なく、多くの企業でも賃金改定率が二桁%で行われていたのですが、2020年では賃金改定率は2%程度で、企業割合も中々上がらない状態です。

日本企業のスパイラルは

価格を据え置き→生活者の生計費は前年と変化無し→労働者は賃上げなし→企業は価格転嫁なし→価格を据え置き→…となります。

諸外国ではインフレ率が2%がターゲットとされノルムとしてあるために毎年の賃金上昇はあたり前にあり、10%値上がりしても馴染みの店で購入を続けると考えている人の割合も高いために、給与も上がってモノが高くなってもそうだよね、という状態です。

感想

安定の面白さの本でした。時折説明背景を調べるほど追えられなかった部分があるのでどこまでのデータを持っての説明であるのか分からない部分がありました(自身の不努力)がインフレ原因を戦争とは切り離して論じており、今FRBも見えない中コントロールしようと市場の反応見ながら実験的にやっているのだなと理解できた事はとても興味深いものでした。

そもそもの印象で一昔前の経済学は中々裏付けが難しい議論が多く主張すればみたいな印象がありましたが、データへのアクセスが多様化できてきた現代では様々なオルタナティブデータの活用でより裏付けのある根拠を持っての分析が今の時代に適合していおり現代の学問だなと感じさせるものがあります。

物理や化学と異なり、経済は生き物でより複雑性や時代背景が強く影響されるものだと思うので中々予想が難しく、センセーショナルな文言で主張を唱えるみたいな人が多くなりがちな気がしますがそんなに単純なものでは無いよねという理解もできる本です。

日本の経済の癖などを理解した中で個人で活動できる最適解とすれば、インフレが上がるというノルムである諸外国(できればアメリカなど)で給与を貰えるまたは間接的に対価を得られる立場や職業につき、日本のようなインフレしない土地で生活して安く生活できる恩恵を受けるという事でしょうか。

日本経済圏で生活するものとしてはインフレの許容度が少し上がりつつあるという事は希望を感じますが、今のコロナ後の後遺症が解けた後に人々がどうするのかという部分が気になります。先日上海に出張して同僚と話していると、(明確な事実は分からないですが)国が毎年の最低限の賃上げ率を定めており、賃上げをしなければいけないというコントロールを政府がしているために、企業が賃上げをしないといけないから給与は上がるという循環が生じているようです。

www.nna.jp

本書にかかれていたバブル期の賃上げ率や企業割合を見ると今から考えて衝撃なほど高いものでした。その恩恵を受けた人たちは一体何を考えて今の方向性をもたらす動きをしたのか不思議です。一昔前の上海や最近のベトナムを旅行した時に感じた勢いみたいなものがきっとあったのだなと感じます。

仕事でトヨタ関係者と会話する事があり、顧客価値の方程式を出され価格を下げる事が価値を生み出すと説教気味に長々と説かれた事がありますが、デフレが何故生まれるのかとても感じられる出来事だったことを覚えています。

トップ企業のマインドが変化して日本全体に良い影響がもっと起こることを期待したいです。

📚 Relating Books | 関連本・Web

  1. https://amzn.to/48GQQzD The Conquest of American Inflation. ペーパーバック – 2001/1/1 英語版 Thomas J. Sargent (著)
  2. https://glossary.mizuho-sc.com/faq/show/1294?site_domain=default テイラー・ルール
  3. https://amzn.to/3ucGmJq 安いニッポン 「価格」が示す停滞 (日経プレミアシリーズ) Kindle版 中藤 玲 (著)