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物価とは何か | 渡辺 努 (著) | 2022年書評#43

今年のベストブックだと思えるぐらい面白い本でした。

 

 

📒 Summary + Notes | まとめノート

現在物価高(インフレ)について世界中で話題になっており、金利差も拡大する中で円安も進んでいます。

物価について日本ではデフレが続いていると言われつつも、ステルスインフレと言われるように食品たお菓子のサイズが値段据え置きのまま小さくなるなど、物価について日頃から語られることは多くあります。

では、物価とは何なのでしょうか?という問いに明確な答えはなく、なんとなくそうだと言われているものは、CPIなどの消費者物価指数などが指標になっていたりします。

物価とは蚊柱である

著者渡辺努さんが本書で最初に書かれていることは物価とは蚊柱であるということです。中にはバラバラの動き方をする蚊が集まっていても、全体として動きが安定していたりする様子は、物価の安定にも似ています。一方で、蚊柱が右に左に動き回っていると物価が高く、低く乱れている様に似ており安定していない状態です。

これはあくまで比喩表現であり、大元はヴェニスの商人資本論で語られており、ミクロの経済学を蚊、マクロの経済学を蚊柱に喩えから来ています。

物理学者のフィリップアンダーソンはMore is different(多は異なり)と言い、全体は部分の総和以上のものであるという言葉も残しています。

物価から何がわかるのか

日本でオイルショックの際にティッシュペーパーなど品切れが相次いだ時期があります。当時CPIは23%上昇しこの狂乱物価は人々が原油不足から石油関連製品が値上がりすることに端を発したと言われていました。

このなんとも想像しやすい関連性は後に因果関係ははっきりと否定されており、真相はというと日銀の貨幣供給過多によるものでした。為替レートが固定相場制から変動相場制へ移行する過渡期に大量のドルを購入した日銀は円を市場に大量放出します。

原油高が起こっても石油関連商品が値が上がると買い控えが起こることで相殺されて物価としてはさほど上がらないと言われています。ミルトンフリードマンはより強固に主張しました。

さて、市場に貨幣が大量に流出したことでインフレが起こるとありましたが、物価をコントロールするのは日銀、財務省どちらなのでしょうか。貨幣(と国債)の裏付けには税収があります。特に将来の税収が裏付けとなります。民間の金融機関は国債を売って円を受け取るために、日銀は税収に裏付けされた利子をつけての変換が必要なのですが、税収が減ると利子が払えなくなってしまいます。そうすると貨幣が市場へ供給され価値が減りインフレが引き起こされてしまいます。

1980年代のブラジルはインフレがひどく、貨幣量をコントロールしてもインフレが止めることができないという事件が起き、それは債務残高が極めて高く金利の上昇に伴う利払い負担が高いためでした。FTPLの提唱者シムズは日本でも同様のことが起こっていると指摘しています。

現在物価と呼ばれている物はどのようにつくられているのでしょうか。物価指数の求め方は数多く議論があり、ラスパイレス指数、パーシェ指数、フィッシャー指数、のようなものがあります。現在、日本ではJANコードと呼ばれるバーコードから正確な計測がしやすくなり、どこでどの商品がいくらで売られたのかというデータが集計できます。

さて、著者がスキャンデータから集めた東大日次物価指数と呼ばれるものを見てみると、日本の物価が見えてきます。この指数でも企業の属性の偏りなど多少あるために、物価に寄与度が高い企業が見えてきます。売上の大きい企業はどうしても物価への寄与度が高くなり、そういった企業が値下げをしたら物価低下の影響が考えられます。

本書で面白かった話の一つに物価の地域格差の話があります。徳島はトマトケチャップが高く売られているというデータがJANコードから見てとられます。理由は明確でないものの、こういった価格差というものはネットショッピングが広まるにつれて減ってきたものの無くなりませんでした。というのも安いところを探す時間が惜しくないお金持ち層にとっては高くてもアクセスが良い場所で購入するからです。たまにメルカリなどで妙に高い値段設定でも売れるものなどありますが、たまたま都合の良い買い手の目に止まったために売れるというケースも少ないながらもあるのでしょう。

さて、話を物価指数に戻すと、CPIも完璧な指標ではないという一方それを使っている側面を理解しながら物事を見ていくことができそうです。

何が物価を動かすのか

物価は蚊柱という表現をした次ですが、今度は物価についてインフレもデフレも気分次第という話が出てきます。

スーダンの例が本書で出てきておりこれまた面白いのですが、スーダンでは毎月50%以上のインフレが起こるようなハイパーインフレが起きていた国です。スーダンの留学生がその事象について研究していたそうですが、意外にもスーダンの人たちはそのハイパーインフレ下でも平気な生活をしています。これはノルムと呼ばれる人々が共有する曖昧な合意、のようなものが決まっており、ハイパーインフレ前提の消費が行われるためのものです。

これは日本でも蔓延しており、デフレしか経験していない層が主流である日本にとってインフレが起こりにく理由とされています。

米国含め多くの国はインフレターゲット2%がちょうどよい物としており、今のところインフレターゲットとされています。元々このターゲットが提唱されたり、共通認識にする試みは最近のことで、中央銀行の静かなる革命でも語られています。

物価は制御できるのか

フィリップス曲線と名付けられた賃金上昇率と失業率の相関性を見ると、これらには負の相関性がありました。このことはポリシーメーカーにとって重要な意味を持ちます。

コロナ禍でまさに起きたのは、不況を防ぐために貨幣量を増やしインフレ率の上昇という副作用を覚悟しながら失業率の悪化などを防いできました。

時代が前後してしまうのですが、フィリップス曲線も論文発表以降の1970年代に入ると、インフレ率と失業者数が複雑に入り組むスパゲッティ曲線と呼ばれる現象が見られてしまいます。これは価格の硬直性という性質などから貨幣量が増えても短期的な効果と長期的な効果を切り分けて考えることで解釈が加わります。

インフレ率についてどうやって制御していくのが良いのか。合理的予想仮説を出発点とすると、中央銀行がアナウンスをすることで人々が将来のインフレを予想し合意されていくという流れがあります。ただしこれが成功するのは中央銀行への信頼が十分にある場合によります。

さて、話は一旦ハイパーインフレが終わった例になります。ハイパーインフレを終わらせるためには貨幣量を減らす引き締めをし副作用として失業率の増加が起きます。フランスで起きた奇跡の事例としてはポアンカレの軌跡と呼ばれ、インフレ率の低下幅よりも低い失業率増加でかつ短期間で完成しました。

ハイパーインフレの終焉は奇跡的な事象が重なっており、そもそも中央銀行からアナウンスされたインフレ予想を信頼しない層もいれば、インフレの予想は年代やバックグラウンドでもさまざまであるためそもそも予想をコントロールできないという困った事実もあります。

利用しやすい記憶や知識に頼ろうとするダニエルカーネマンが提唱した利用可能性ヒュースティックスも背景にあると著者は考えています。

なぜデフレから抜け出せないのか

話は日本のデフレへと進みます。著者は地震の発生頻度などを見る中で価格変化との関連性を見つけます。それには面白いことに記憶との関わりも地震とインフレは近しいと言います。

日本での価格変更は消費者に受け入れられにくい背景や、世代としてインフレを知らないこと、ステルス値上げなどの異形な値上げなど課題は様々です。

そもそもデフレはなぜ悪いのでしょうか?簡単に言うと、企業がコストカットの選択肢しかもてなくなるためです。良いものを作っても価格転換ができないと高くしても売れずコストカットによる後ろ向きな経営になります。

つまりデフレは物価下落という意味にとどまらず、企業は価格支配能力を失い、経済の活力が削がれていくことが問題です。

感想

今年のベストブックと思えるレベルで面白い本でした。そもそも物価とは日頃耳にすることが多いのにも関わらず、なんであるかという理解も薄かったですし、では物価をコントロールしたりデフレの問題点などもなんとなくの認識はあったものの経済学の観点から垣間見ることができました。

デフレから抜け出せない構造は主にコストカットプレッシャーの強い今の製造業文化が背景にありそうな印象もこの本を読んだ後で感じます。

また、価格転換できない日本の市場でいくら良い企業が生まれようが企業価値の上がり幅も高くないとするとますます日本市場への投資する目的などないように思います。

中国などは低価格の競争もありながら価格転換にも比較的寛容な印象もうけますしそれにより賃金も上昇傾向にある印象です。賃金が上昇せず金融緩和してもインフレを達成できていない、魔境、のような国である日本。

そういった側面を理解していくとより希望が削がれていくような気もしました笑

📚 Relating Books | 関連本・Web

  1. https://amzn.to/3DlVYft ヴェニスの商人資本論 (ちくま学芸文庫) Kindle岩井克人 (著) 形式: Kindle
  2. http://www.am-one.co.jp/warashibe/article/chiehako-20200703-1.html オイルショックで世の中どうなった?その原因と経済への影響を振り返る
  3. https://amzn.to/3gzoeSU 新しい物価理論―物価水準の財政理論と金融政策の役割 (一橋大学経済研究叢書) 単行本 – 2004/2/20 渡辺 努 (著), 岩村 充 (著)
  4. https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=2814 シムズの物価の財政理論(FTPL)と財政再建
  5. https://www.nomura.co.jp/terms/japan/ni/A02437.html#:~:text=東京大学の渡辺努,もとに日々算出。 日経・東大日次物価指数(にっけい・とうだいにちじぶっかしすう)
  6. https://cigs.canon/article/20130610_1950.html 東大日次物価指数の概要
  7. https://amzn.to/3DmSSI8 ケインズ一般理論 単行本 – 1974/7/1 宮崎 義一 (著), 伊東 光晴 (著)
  8. https://amzn.to/3TMblCW 中央銀行の「静かなる革命」―金融政策が直面する3つの課題 単行本 – 2008/6/1 アラン・S. ブラインダー (著), Alan S. Blinder (原著), 鈴木 英明 (翻訳)
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