ライフイズビューティフル

訪問記/書評/勉強日記(TOEIC930/IELTS6.0/HSK5級/Python)

日本製鉄の転生 巨艦はいかに甦ったか | 上阪 欣史 (著) | 2024年書評24

日本製鉄は大きな改革にあたり、あと2年このまま赤字を垂れ流していたら経営が危ないと言うことで社長が変わりそこから大きな改革に乗り出しました。

今までシェア中心に供給量を多くしており、価格競争力があるものに対しても価格転嫁ができない哀しい事情が合った所に、営業チームへ価格交渉を求め、製造を縮小し、高付加価値路線へと舵を切り見事に利益を出し、従業員へボーナスとして還元に成功しました。 本書を読むと鉄鋼業の繁栄と世界的な鉄鋼業が傷んできていた様子が垣間見れ、そこからどのように価格競争力の高い中国勢と渡り合うようになっていったのか描かれています。 

www.nipponsteel.com

www.nipponsteel.com

www.youtube.com

📒 Summary + Notes | まとめノート

日本製鉄の概要

日本製鉄は全国の鉄鋼場を保有します。歴史は鉄鋼メーカーの統合であり各地方別々の企業であったものが時代の流れとともに統合が始まり、最近では新日鉄住金と日鉄の統合が2019年にありました。それぞれの事業場の強みもありましたが、採算が取りにくかったラインを停止し呉に至っては完全に閉鎖する運びとなります。

引用:https://www.nikkei.com/article/DGXKZO55068730Q0A130C2EA2000/

鉄鋼の生産は主に下工程と上工程に分かれており、下の図の8までを上工程、それ以降を下工程と呼び最後はコイルにした状態で出荷されます。

引用:https://www.jisf.or.jp/kids/shiraberu/index.html

改革の始まり

現在の橋本社長(2024年で解任を表明)がブラジルから帰国した2016年、副社長として就任します。橋本社長は社内から漂う外部環境依存主義やうぬぼれとも思える様子が社員にあることに危機感を感じていました。

鉄鋼の世界ランキング4位に位置するものの住金との統合はお互いに経営が良くなかったために起こったことであったにも関わらず中々社内の様子が良くならない。

首位は断トツ「世界鉄鋼メーカー」ランキング 日本製鉄の巨額買収で序列はどこまで変わるか | 素材・機械・重電 | 東洋経済オンライン

引用:https://toyokeizai.net/articles/-/723069?display=b

結果18年3月期には赤字に転落し、19年も2季連続の赤字となります。橋本氏が社長になると「2年以内にV字回復」を宣言。問題であった供給過剰と高コスト体勢を見直します。

高炉は鉄鉱石を溶かしながら酸素を取り除いて銑鉄を製造する上流工程の大型設備があり高コストであり、一度止めたら再稼働に長い時間がかかるために、連続稼働が前提となり需要が減ると鋼材1トンあたりにかかるコストが上がってしまいます。

橋本社長は製鉄所の訪問を回り問題点を現場レベルで聞き込み、特に名古屋は3ヶ月に一度訪問しました。

20年3月期ではついに赤字が4315億円となり3季連続の大赤字。生産能力を2割減らす構造改革に乗り出しました。

21年3月期には構造改革の発表を行い、工場ラインの休廃止を発表します。

価格交渉

日本製鉄は顧客の多くを自動車業界に持ちます。超ハイテン(高張力鋼)という高付加価値製品を作っていたのに赤字続きだったのですが、自動車業界との価格交渉で安く買い叩かれている状態が蔓延していました。

「本来は売り手が価格を決めなければならない」と言い、社内の営業部隊に価格交渉を求めるように動き出します。俺が責任を取る、シェアを来にするなというアドバイスをし、最後にはその価格では供給できないと伝える。

ひも付きと呼ばれる特殊な価格決定は国際的に理不尽に安くあるものでした。

商習慣としても「後決め」と呼ばれる価格が決まってないまま出荷をする習慣があり、「先決め」へと変更し市況見通しを予測しそれに基づいて価格を決める事になりました。

顧客に価格を受け入れてもらう事で、市況が落ち込む中日鉄の価格は上昇します。

訴訟

電動車のモーターに使う「電磁鋼板」の特許を侵害している疑いが中国の宝山鉄鋼にあり、その電磁鋼板を使用していたトヨタと併せた2社を訴える事に踏み切ります。

www.nipponsteel.com

フリーライドされた技術を守るために訴訟を行い、結果としては宝山への訴訟以外放棄する形で日本での裁判は終了しましたが、知的財産権を侵害する行為に対しては毅然と対応する姿を見せます。

これらの努力もみのり22年には大きな収益を生み出し、DEレシオも0.51倍まで回復。さらには収益を活用する投資も行い、その投資額は2700億円に及びました。

M&A

鉄鋼の歴史を見るとM&Aが日本だけでなく、世界中で行われています。2018年インドの大手エッサールスチールを欧州のミタル社と共同で買収に乗り出します。というのも4ヶ月前にインドの倒産・破産法に基づく対象企業として公表された鉄鋼5社にエッサールがリストされていたからです。

ミタルは過去M&Aを繰り返し、世界2位の鉄鋼メーカーでありました。一方日鉄は設備やノウハウでミタルよりも優れている存在でした。フランクフルトへ飛びミタル社のアディティヤとその日のうちに合意を取り交わしわずか5時間の滞在で羽田へ帰り、東京に居る久保田氏は計画書を作り出迎えます。

エッサールの創業者ルイア家はこれを嫌がり、過去ミタル社で債務問題があることで買収はできないと提訴します。また、日鉄とミタル社のインドビジネスに嫌がらせと見られる行為が数々行われ、結果日鉄からも訴訟を行う訴訟合戦となりました。

本書を読んで鉄鋼メーカーがこれだけM&Aが多く、また知的財産権やその他訴訟がかなり多くつきまとう業界であることを知りました。このインドの訴訟合戦でも優秀な日鉄法務部が活躍したそうです。

保護主義の動き

最近のアメリカの動きや、ウクライナ情勢などもあり、自国で生産能力を高める動きは鉄鋼業界でも同様です。世界の鉄鋼生産の半分を占めるのは中国ですが、関税障害を高める様子が各国で見られます。

この保護主義を飛び越えて鉄鋼生産を一貫生産できるように世界中で鉄工場を構える動きは日鉄も同様で、近年のUSスチール買収もその一つです。

今後のトレンド(高性能化、脱炭素)

日鉄は国内での投資も大きく動きました。自動車メーカーはEVのギガキャスト(アルミ一体成型)に乗り出すように、軽量化と部品の削減へと乗り出しています。ギガキャストは日鉄の競合になるために、日鉄も需要に答える軽量化のハイテンが求められます。

超ハイテン含め、製造時に多くのセンサーを活用し製造環境を制御するAIシステムも活用しています。40年ぶりのライン新設もあり、現社員では経験者が居ないために退職者に声をかけることもしています。

石油会社が油井管(せいゆかん)という部品も日鉄が高機能で付加価値の高いものを製造しており、シェアの7割を占めます。

日本の産業部門別の二酸化炭素排出量で4割弱を占める鉄鋼業界はカーボンニュートラルの重要な立ち位置に居ます。そこで取り組むのが水素を使って製造する「水素還元製鉄」の実用化に取り組んでいます。

xtech.nikkei.com

政府は「水素基本戦略」などで50年に年間2000万トンの水素を導入する計画をしていますが、鉄鋼業界だけでなく発電用燃料などに使われると奪い合いになる可能性があります。

高炉の安定運用のためには、高炉の外壁や炉内のガスの通り道など約500箇所に温度計や圧力計などを設置して、センサーから計測したデータを用いてリアルタイムの管理をするAI高炉への投資も進めています。

高品質な原料のために

脱炭素に向けて大切なのは高品質な原料の取得です。鉄鉱石と石炭がなければ鉄は作れないですが、原料の調達は日本という非資源国家にとっては課題になります。

2023年カナダのエルクバレーリソーシズ(EVR)の株価を20%取得します。エルクバレーは原料炭専業で年間2500〜2700万トン生産能力があります。

www.nipponsteel.com

橋本社長インタビュー

本書最後には橋本社長への4時間のインタビューの内容が書かれています。

熊本の田舎から一橋大学商学部に入学し、学園祭の実行委員の委員長を努めます。肥塚見春さんや電波少年などのプロデューサー土屋敏男さんと動機であり、強い責任感が当時からあったそうです。

就職活動では商社に内定をもらったものの新日鉄の工場を見学しものづくりに見せられて新日鉄へ就職。

上司と対立し輸出部へと異動したのを転機に新しい商習慣や別会社とも思える組織に感動し活躍します。アジア市場のことは橋本に聞けと呼ばれるほどになり、余り物を売りさばくというような輸出部署が採算をとれる部署に変化しました。

ハーバードへ社費留学するなど海外志向も強く、ブラジルのウジミナスの副社長に就任しました。

日本に戻ってきてからは「計画一流、実行二流、言い訳超一流」などと自社を表現。日本企業の多くはPDCAにおいてPとCに偏重しており、指示待ち、創意工夫のしなくなると言います。

近い将来社長を退任するときに、一つだけ自分がこだわったKPI「社員に支払っていた給与をどれだけ増やせたか」が以前のものになっていたら嬉しいと語ります。

感想

日本製鉄の再生について何が起こったのかがまとめられた内容の本でしたが、日本の商習慣や海外の商習慣の対比や、結構激しめな訴訟が連発しているという事が結構面白い内容でした。

キーエンスの本を何冊か読んでこの本を読んで思うのは安いものづくりをして価格が安いということを価値に置いていると大きな歪を何処かに生み出しているのだなと思いました。価格が高くても商売できる状態が理想形であり、それが交渉できない環境にあるというのは産業として良くない気がします。

トヨタ含む自動車業界と仕事をする時もあるのですが、もはや価格でしか響かないみたいな状態が結構存在するのは確かで、価格を下げる事が前提での商売獲得などもあります。消費者としてそのような消費行動も避けるでしょうし、そこに需要が生まれてしまっているのも貧しさに拍車をかけている感じがします。

脱炭素に関わる水素の活用が行われそうな所であったり、センサー回りでの製造ラインコントロールをすることなど新しい技術の活用は今後注目してみたいと思う内容でした。

特にセンサー回りはまさしくこれがDXだと思うようなもので、ライン停止が高コストになる分野であればあるほど、オンラインでの管理へのコストもかけられるために発展も感じられます。正しいDXに感じますね。

水素回りも鉄鋼業への活用が実施されていけば政府の予測量では足りなくなるということで水素ビジネスも面白く見えます。

優秀な人材が集まっていても社長に依っては経営がうまくいかないことも、うまくいくこともあるのだというのもよく伝わる内容でした。今後の日鉄が楽しみです。

📚 Relating Books | 関連本・Web

  1. https://www.jisri.or.jp/recycle/technology.html 一般社団法人日本鉄リサイクル工業会
  2. https://www.nipponsteel.com/ 日本製鉄HP
  3. https://diamond.jp/zai/articles/-/1023482 水素関連
  4. https://www.env.go.jp/seisaku/list/ondanka_saisei/lowcarbon-h2-sc/support-tool-info/list.html 水素サプライチェーン