英語圏で話題になっていたダックス。著者はKate Beatonというカナダの漫画家であり、自身の20代前半の経験をもとに書いた本になります。
大学を卒業したもののそこには多額のローンが残り好きなことをする前にローンを返すために高い給与の仕事を探さなければいけない現実。そこで見つけたオイルサンドでの職。田舎にキャンプが設置され男社会の職場で日常的にハラスメントを受け、限定的な生活環境の中で人々がどのように振る舞うのかを伝えます。
精神的に耐えられなく一度離れたものの博物館での仕事は給与が低くローンも返せないためにまた戻ります。
オイルサンドの発掘という環境を大きく変化させる仕事は、先住民が所有していた土地を奪う事になりそこから大量のオイルサンドを発掘した後に多くの水蒸気を用いて土とオイルを分離する環境に良いと思えない作業を環境に優しい方法であると伝えている事に疑問を持ちます。
また、彼女がアップロードしだした漫画の評判は良くなりはじめ、メディアがコンタクトしてくるとそこには答えありき、記事ありきのインタビューがありそれには協力できないという考えにたどり着きます。
本の最後に著者の後書きがありそちらも印象に残るものがあります。誰もが当事者になる可能性があるという環境であるためにあくまで私の視点であり、他の視点からも考える必要性を訴えます。
📒 Summary + Notes | まとめノート
オイルサンド
時代は2005年。ケイティは21歳であり文学士をとって卒業しました。生まれはカナダの東海岸にある島ケープ・ブレトン。魚と石炭と鉄で栄えた街でしたが2005年には人材を輸出する地域になります。故郷への愛情がありながらも、景気のよくないその街では仕事はなく、他の場所に仕事を求めて故郷を離れる必要がある場所です。
2005年アルバータ州のオイルサンドは原油の価値高騰を背景に稼げる仕事がある場所です。おじさんから工具室なら専門知識がなくても働けるからオイルサンドに行くなら工具室が良いかもとの助言もありオイルサンドへ向かいます。
当時は携帯もそこまで普及していない時代。母親は小さい頃もっと一緒に過ごしておけばよかったと後悔を口にしながらも娘を送り出します。
オイルサンドの周辺に移動しバーでアルバイトをしながらオイルサンドでの仕事を探しすんなりと見つかります。早朝にシンクルード社(カナダの石油会社、オイルサンドでは複数の石油会社が発掘を行う)行きのバスでオリエンテーションに向かうとそこでは安全ビデオで指がなくなった人の再現映像を見せられます。
防護服が必須の職場では常にヘルメットとゴーグルを装着し、工具室には用事もないのに毎日新しい若い女の子が入ったというだけで喋りかけにくる人たち。キャンプサイトには採掘現場の横には副産物である大量の硫黄が積み上げられ、採掘が終わった土地にはバッファローが連れてこられ会社のアピールとして使われている様子がありました。工具室裏でゴミを出す際に足を一本失った狐を見かけ、こんな所にいるからと雪を投げて追い払います。
夜勤と昼勤のシフトになれず、街でも職場でも「俺とヤラないか?」とばかり声をかけられる日々。職場の男性はどの女性社員と寝たという話ばかり。心も荒んでいきクリスマスも倒れたツリーの部屋を出て夜勤へと向かいます。
エドモントン(オイルサンド近くの街)からオイルサンドへ向かうハイウェイ63では片道1写真の道路しかなく雪などの影響もあり事故を起こす問題が多発しており、ケイティも出勤時に目撃します。
オイルサンド内では様々な会社が発掘を行うためにケイティも条件の良い職場を求め家賃のかからないキャンプサイトのロングレイクへ向かいます。露天掘りの代わりに水蒸気圧入法を用いて行い他の工法に比べると環境に良い採掘が行われていました。
キャンプサイトではトレーラーの中に部屋が割り当てられており男女比は50:1ほど。ここでは閉鎖的な環境からかコカインや麻薬を利用するものも居て見つかるとクビになっていました。
何か問題を聞きつけると現場には居ないスタッフに呼び出され向かうとハラスメントや嫌なことはないかと聞かれ、誰かの名前を言ってしまうとその人はクビになるために言い方にも気をつけなければなりません。
同僚とゲームをしていると「キャンプ美人」という現実世界では4点の美女がここでは8点になるという事で、自分は美人だって振る舞い始める人も出てくる、という言葉も知ります。
ある日同僚たちと飲んでいると明日キャンプを去ると行った男と酔った時に寝てしまうことに。ケイティからするとレイプで忘れる事もできないであろう一方で、後書きにレイプと認識していないであろうこと、今では家族を持って暮らしている事なども書かれています。
キャンプサイトでは人々の距離は近く、女性が事務でトレーニングをしていると尻を見に来る人だかりができ、ケイティの部屋には間違ってドアを開けてしまう社員が続出します。キャンプサイトを離れる事を決意した後に呼ばれたパーティーでは少量のお酒を飲むとひどく酔い(睡眠薬のようなものがあった可能性)トイレから戻ると部屋は一人しか居なくなりあたかもセットされていたレイプ現場になっていました。
ビクトリア
ビクトリアでブリティッシュコロンビア海洋博物館の仕事が得られるとビクトリアでの生活が始まります。開いた時間には洋服店やスーパーでのバイトもするも態度が悪いなどとの理由でクビに。男性とデートをするとトラウマが出て変に振る舞うと上手くいくことはありませんでした。
ローン返済の猶予を伸ばしてほしい事を伝えてもまったく相手にされず遅れる事は許されない状況になり給与の低い博物館ではどうしようもなくまた戻る事が決まります。
再びのオイルサンド
次に戻ってきたのはシェル社のアルビアンサンズ。前に居たロングレイクのキャンプとは別で快適な部屋が容易されており、福利厚生に力を入れている職場でした。
それでも環境は相変わらずであり、戻って来ると「上司と寝たって人か?」などと噂話があったり、300万時間休業災害が無いとのメールをみるとケガはカウントされていないなどどこか見かけの活動も浮かびます。お偉いさん達が見学に来ると現場は整理され、ゴミや荷物を放置していると上司から怒られます。その人達は高品質の安全器具を必要も無いのに身にまといますが現場のスタッフに支給されるのは安物ばかり。
会社が行う安全講習は、安全の講習をしていたとのアリバイ工作で小学生に教えるようなことばかりを教えられ安全講習が行われたという記録が付けられます。オイルサンド発掘地でカモが大量にオイルサンドにハマってしまい死んだ事はニュースになり活動家が抗議。会社は何か対応ということで機能するわけもないカモが近づかないようにする装置や案山子を設置するも、誰も効果が無いと分かりながらも上の人が言うから俺はやっているだけだと言います。
ケイティの肌にはできものができたり、事務所で働いていると環境問題の記事が目に入ったりとオイルサンドの負の側面が目に見ていきます。キャンプサイトについて漫画をオンラインで書いていると匿名で嫌がらせのコメントも目についてきました。その漫画をみた新聞社から電話でインタビューされると、いかにひどい環境であるのか、いかに女性蔑視をされているのかなどの質問ばかりで何か記事ありきのインタビューに嫌気がさします。
片田舎にあるオイルサンドではオーロラが見え、仲良くなった職場の人はカメラで撮影したオーロラの写真をプレゼントしてくれます。大きな虹の写真ももらいました。
ローン返済も終わり辞めることを決めると後任に来たのは縁故採用された女の子。自分よりも高い給与を最初からもらえるのに経験は無い。辞める事でボーナスを減らされていたケイティは不満がありスタッフに相談すると今まで受けていたハラスメントの話に。何があったのか伝えると誰か聞かれます。それに答えるとその人がクビになるから伝えられないと言うしかありませんでした。
感想
2005年から2008年にかけての2年間オイルサンドで働いていたケイティ。そこには様々な二項対立が見え隠れしていました。会社の善と悪、仕事と利益vs地域の自然。ケイティの視点からみたオイルサンドでは単純な特徴づけはできず同じ場所で善と悪が両立している事を知ります。
メンタルヘルスの概念は当時薄く、退屈、隔離、孤独、絶望などが募るキャンプサイトでは頼れる支援が殆ど無かったと言います。
そもそもオイルサンドというものに理解がなくYoutubeなどで調べて居ましたシェールオイルについても勉強する機会となりました。文字通り砂にオイルが混じっており依然まで経済合理性が成り立たず石油を抽出できなかった所技術発展に伴い経済合理性が成り立つ石油分離ができるようになりました。
様々な手法がありますが、その土地の表層をすべて運び出し抽出して下に戻すという手法や水蒸気を抽出して土地を掘り返す作業をしなくてよいようにするなどあります。東京で過ごしてるとスイッチを付けたら勝手に電気がついて、ガソリンスタンドに行きさえすれば勝手にガソリンが出てくると思ってしまいがちですが、果の地で採掘しているという現実が理解できます。
環境問題とのつながりも分かるのですが、環境問題を訴える人々は街なかに住むメディアの人たちでありその土地から離れた人で内部の理解も薄い事がすくなくありません。危険な現場にさらされながらも経済発展を支える人たちが存在し、その経済発展による豊かな暮らしを教授しながら問題を訴える。
ケイティは現状を伝える事が大事であり、センセーショナルに捉えられる事がないようにとあとがきであるように、こういった議論はアテンションを引き付ける要素に使われてメディアとしては成功すれば余計に激しい論調が作り上げられます。スマホのカメラなど記録の手軽さやインターネットなどの発信の多様性が生まれた現在、問題が表面化する環境が整ったのは嬉しい時代だとは思いますが、そのような記事を見た時に現実で起きていることとしての情報として受け取るか、何か目的がある誘導的なものにならないかというのは読み手としてリテラシーを身につける注意が必要そうです。
自分自身も仕事がら工場で働いて居たことや今でも頻繁に訪問するために安全に関する話、上層部は表面的に良い部分しかみておらず株主や世間にアピールするための事務的な安全業務を行いながら一方で危険を顧みない作業が求められる事も見てきました。ある種使い捨てのように扱われる現場のスタッフも多く哀しい気持ちになるもののそこを改善する事は中々難しいものがありました。
限られた環境で人はひどく振る舞う事は本当にそうだなと思います。例として良いかわからないですが、戦争中での様々な非人道的な振る舞いも極限的な環境から生まれますし、一歩間違えば自分も被害者または加害者になります。
現代が抱える多くの問題をまとめながらもバイアスを極力避けた伝え方、さらには漫画という接しやすいツールを用いて世界へ発信したケイトビートンの取り組みに脱帽です。