ピケティの次なる知性として注目されているブレグマンの著書隷属なき道を読みました。本書の主張としてはベーシックインカムの導入、1日3時間労働、国境の開放の3本柱をなぜ必要なのか、好例を含めながら紹介されています。
タイトルはハイエクの隷属への道を元につけられており、資本主義を語る上で代表的な著作であるため時間を見つけて読みたいと思いました。
本書を読んでみて感じることは、たしかにベーシックインカムや現金配りをすることは多くの人の可能性を生み出すと思います。一方でベーシックインカムの好例として挙げられるケースのほとんどが局所的な地域での期間限定のケースです。
コロナ対策として様々な手段でお金配りを実施したこと、過去多く貨幣供給過多によるインフレが起きたことなどを考えると簡単にお金配りをすればよいとは言えないように感じます。再配分するにしても方法は考えものですね。
ただし本書が挙げている事例は知っておいて良いものも多く感じますし、新しい思想の提示にはとても価値が高く思います。盲目的にベーシックインカムが正しい・悪いなどの主張から脱却し、世の中の複雑なバランスの中でどのようにより良い世の中を構築していくか考えるヒントになる部分も多いのではないでしょうか。
📒 Summary + Notes | まとめノート
福祉はいらない、直接お金を与えればいい
ベーシックインカムの導入を訴えるブレグマンは様々な事例を見つけ本書でまとめています。
2009年にロンドンで行われた13人のホームレスへの現金配りでは、1年後ヘロイン中毒者がガーデニング教室へ通い家族と再開し家庭に戻ろうとしていたこと。西ケニアでは1日2ドルの仕事しかできなかったバーナードはバイクを購入しバイクタクシーとして1日6〜9ドルを稼ぎました。
ニクソン大統領がベーシックインカムを導入する法案を着手していたことや、労働力の低下は見られなかったこと、無駄にお金を使う人は居なかったことなどもまとめられています。
カナダのミンカムでは1000世帯規模で実験され、入院期間が減少し、家庭内暴力やメンタルヘルスケアの費用も低下。経済的な効果もあったと結論づけられています。
なぜベーシックインカムを導入したほうが良いのか?という理由に本書では貧困がIQの低下をまねくこと、経済格差により富裕層にも負の影響が及ぶこと、ホームレス支援よりも家を提供したほうが社会福祉コストが下がることなど挙げられています。
ニクソン大統領が法案に着手した際には、保守派からスピーナムランド制度の報告書が提出されたために、貧困層は怠け者というレッテルが出回り結果としてベーシックインカムの導入は実施されませんでした。
著者の見解ではスピーナムランド制度の報告書の多くが捏造を含むものであり、そのせいでニクソン含む貧困層に対する誤解が繰り返し世論に刷り込まれました。
GDPの大いなる詐欺
経済成長を語る上でGDPは幅広く使われており、有効性が高いとされています。ブレグマンはGDPについても見直すべき、正しい見方をもつべきだと主張しています。
そもそもGDPは1932年にロシア人サイモン・クズネッツがアメリカの生産性を評価する指標として完成されたものです。戦時中には国力の評価のためにとても有効なものでした。
ただし、現在ではGDPに換算されない労働が増えてきています。ウィキペディアやスカイプなど無料サービスはその代表です。特に情報分野の発展によりGDP換算が非常に難しくなっています。
GDPをベースに経済成長を語る背景は1950年代のもので、現在の経済成長を測る指標からは外れてきているために、新しい価値基軸を持つことが必要なのではないでしょうか。
中々難しい問題は、仕事の選択の話があります。優秀な人が研究者になり、研究者が1ドル儲けることができれば5ドル以上の額が経済に還元されるという研究結果もありますが、一方で優秀な人材が金融市場へ、給与の高い仕事へと流れていきます。
ブルシットジョブと呼ばれる仕事など、彼ら自身でさえ価値があるとは思わない仕事へ注力し高額の給与を得るというシフトが行われ、銀行が1ドル設ければ、経済の連鎖のどこかで60セントが失われていると計算されています。
ピーター・ティールは「空飛ぶ車がほしかったのに得たのは140文字だ」と揶揄しました。
国境を開くことで富は拡大する
本書の主題3つ目の国境に関する部分について、まず過去から行われている経済支援の話があります。経済支援は効果を確認しにくいのですが、MITの教授デュフロによるRCTにて効果を測ることでより正確性が増しました。直感に反して100ドル相当の無料給食よりも10ドルほどの薬のほうが就学年数を伸ばすことが可能であったなど支援の効果が測れるようになってきました。
ただし、支援することは問題解決にならず、世界的に労働市場を流動化させる、つまり国境を開くことが世界総生産を効率よく成長させるとされています。
これを防いでいる主張として「移民は犯罪を招く」などの誤った主張です。トランプ政権でも多く語られそれにより多くの人が支持した主張なのですが、本書では国境は差別をもたらす最大の要因であること、エリートは生まれた国による恩恵が大きいこと、何よりアメリカは世界最大の移民大国であり経済大国であることなどを書いています。
そこにあるのは、富裕層が経済的に損をする可能性があること(賃金のフラット化)もありますが、フェスティンガーが「予言がはずれるとき」で語る信念を持つ人を変えるのは難しいというように、価値観を改める難しさがあります。
賢い人ほど、正しい答えを得るために自分の知性を使うのではなく、答えであってほしいものに用いるのだと、エズラクレインは言いました。また集団の圧力による誤認なども心理学者アッシュにより説明されています。
感想
今年になって初めてブレグマンの著書、希望の歴史を読み興味を持ちその前著作の本書隷属なき道を読みました。興味深く読むことができ、著者のある種楽観的な考えの解釈思考や、主張をしてアイデアの提示をする価値について共感する部分が多かったです。
ちょっと気をつけたいなと思う部分は、希望の歴史でブレグマンが指摘していたように、過去の多く支持されている主張が実は間違いであったこと、多く認められていた研究結果が捏造の側面を持つことなどを挙げていました。
この考えはとても大切で、どの本もコメントも主張をしたいためにそれに適合する資料を集めてきて考えを述べるという部分を見落とさずに自分のなかで受け入れ消化していかないといけないと思います。
希望の歴史は本書よりもさらに面白かったので、次の書評でまとめたいと思います。
📚 Relating Books | 関連本・Web
- https://thecorrespondent.com/ ブレグマン中心に運営されている広告に頼らないニュースメディア
- https://amzn.to/3CMHVyG 隷属への道 ハイエク全集 I-別巻 【新装版】 単行本 – 2008/12/25 F.A. ハイエク (著), 西山 千明 (翻訳)
- https://amzn.to/3Xaf8MH 物価とは何か (講談社選書メチエ) Kindle版 渡辺努 (著)
- https://amzn.to/3DaFSF1 太陽の都 (岩波文庫) 文庫 – 1992/4/16 トマーゾ カンパネッラ (著), Tommaso Campanella (原著), 近藤 恒一 (翻訳)
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