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資産格差の経済史――持ち家と年金が平等を生んだ | ダニエル・ヴァルデンストロム (原著), 立木勝 (翻訳) | 2025年書評66

ピケティにより、資本所得は労働所得よりも上回っており富める人がますます富めるという認識が共通となりました。富の格差が是正されるのには戦争などの混乱であり、それが起こらない限りは資本所得の力があまりに強力であり続けるため格差は拡がっていくという考えです。

著者ダニエルヴァルデンストロムはこの理解は間違っているのでは無いか?というモチベーションをもとにデータを読み解き自宅所有と年金貯金を通して不平等の縮小が起きているという主張が本書でまとめられています。

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📒 Summary + Notes | まとめノート

新しいナラティブ

本書の主要3主張があります。*本書で取り扱われるデータは主にフランス、ドイツ、スペイン、スウェーデン、イギリス、アメリカの6カ国

  1. 今は以前より豊かになっている
  2. 今日の富は質が違う
  3. 今は以前より平等になっている

Daniel Waldenstrom - Wealth in the West - Three historical facts

引用:https://blogs.lse.ac.uk/inequalities/2024/10/15/the-great-wealth-wave/?utm_source=chatgpt.com

過去130年間の一人当たりの平均実質純資産が大きく成長しており、1950年から2020年までに7倍ほどになっています。100年前の富の中心は農業資産と事業資産でほとんどが富裕層に集中していました。今日の状況を見ると個人の富の多くが住宅と年金積立金になっています。またトップ1%の富のシェアをみると1900年ごろは60%付近だったのに対して2020年は20%付近まで落ちてきています。

著者の分析から政策立案者に対する助言は次のようなものです。

  • 富の形成と不平等の縮小:住宅と年金貯金の奨励
  • 課税戦略:労働所得の課税引き下げ
  • 政策目標としての自宅所有:不動産ローンへの税制優遇
  • 退職プラン:長期的な貯蓄プランへの優遇税制
  • 年金制度改革:確定拠出年金への推進
  • 富ではなく資本所得への課税:資本課税が現実的に再分配を促す

富の蓄積の歴史

ピケティが語るナラティブのデータ修正を行ってみると、イギリスの富/所得比率は特に戦前で傾向が異なることが分かります。その背景にはデータの修正もありますが、様々な定義の見直しも含みより実質的に表現できるものにしようと著者の試みになります。

1世紀前の富の構成は農業生産によるものが多く、土地の所有がとても重要でした。19世紀後半になると工業化の影響もあり農業が経済の首位から陥落します。工業の発展と金融市場の発展は似たような時期にあり、工業発展を加速することに役立ちました。

著者が重点を置くポイントに①自宅所有②年金の話があります。戦後西欧諸国では自宅所有率が年々増加しています。自宅所有率の上昇の背景には儲かる投資としてという考えや、賃貸住宅より消耗が遅いこと自宅を担保にして借入ができるなどあります、年金貯蓄の充実については長寿命化、証券化、金融資産価値の全体的な上昇があります。

富の大平等化

著者の調べでは20世紀においてトップ層の富のシェアは低下してきています。緩やかな国はアメリカですが、それども1900年代に80%だったところから70%ほどに、イギリスやフランスでは90%程度から50%付近にまで低下しています。

大平等化がどのように起こっているのかを考えると、富裕層が低下してきているのではなく、底辺層の引き上げが大きく影響しているというのが著者の視点です。いわば底辺層の富の増加率の方がトップ1%の増加率よりも上回っているという事になります。アメリカではあめりこの2つの層の伸び方にあまり違いなくみられます。アメリカの底辺50%、中間40%、トップ10%の富の成長への寄与をみると、底辺50%では殆どが住宅価格の上昇であり、トップ10%になると株価の上昇の寄与度が高くなります。

感想

ピケティ本を読んでいないためピケティの論説にざっくりとした認識しかない中での印象になってしまいますが、著者の主張が少し肌感覚と異なる印象で読み進んでもその印象が説けない形でした。

ChatGPTにまとめてもらった考えの違いは次のような形です。

論点 ピケティ Waldenström
富の傾向 長期的に格差は拡大 一部の国では縮小傾向も
主因 資本の再生産性(r > g) 制度的要因(福祉・住宅・年金)
データ解釈 所得税データ重視 資産全体(住宅・年金含む)重視
政策提案 富裕税の強化 中間層支援・制度整備の評価

著者が主張する住宅と年金制度(証券化含む)の充実が底辺層を底上げして富の不平等が是正されてきた、という事ですが、確かに各家庭が住宅を持つことによって資産を底上げしていることは理解できます。さらには住宅価格も伸び続けていると思うので資本主義に従い全体的に豊かになっていったと言うことはそのままそうだと認識できるものでした。

ただし、住宅制度も年金制度(年金制度での証券所有)もどちらも富裕層の方がより多く恩恵を受けていると思っており、住宅に関しては富裕層の方が土地や住宅所有が多いと思いますし、複数軒の所有をしているという認識です。また証券市場からの報酬も富裕層の方が得ているという肌感覚です。

また単純な疑問として、住宅所有による富の割合が増えている=生活に使える資産は減ってくるという考えも持てます。1000万の資産を持つ人の500万→900万分が住宅所有によるものと変化すれば生活費は減りますし著者が行う計算上は富が増えていると認識されても実感値としては豊かになっていないように感じます。

年金制度の割合増加も同様であり、あくまで年金の割合が増えても60歳以降の資産が増えるだけで現在の生活にはポジティブと感じられないように思います。

そして住宅も証券もどちらも資本主義原則としては底上げはもちろんするものの、富めるものをより富める状態にするものです。トップ層の富における住宅や年金割合は低いのはあたりまえですし、ピケティのナラティブのアンサーとしては少し納得感が劣る内容でした。

📚 Relating Books | 関連本・Web

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  16. https://amzn.to/4lLYoHR 経済後進性の史的展望 単行本 – 2016/9/15 ガーシェンクロン著、池田美智子訳 (著)
  17. https://amzn.to/4lVZuAq 格差のない未来は創れるか?~今よりもイノベーティブで今よりも公平な未来 単行本 – 2020/12/25 ジョシュア ガンズ (著), アンドリュー リー (著), 神月 謙一 (翻訳)
  18. https://amzn.to/44C4S64 ザ・ニューリッチ―アメリカ新富裕層の知られざる実態 単行本 – 2007/9/14 ロバート・フランク (著), 飯岡 美紀 (翻訳)
  19. https://amzn.to/4lZ7QXZ マネーの進化史 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫) 文庫 – 2015/10/22 ニーアル・ファーガソン (著), 仙名 紀 (翻訳)
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  21. https://amzn.to/3IRJPUp 概説 世界経済史〈1〉旧石器時代から工業化の始動まで 単行本 – 2013/1/11 ロンド キャメロン (著), ラリー ニール (著), 酒田 利夫 (翻訳)
  22. https://amzn.to/4lBHM5v ファイナンス発達史 単行本 – 2005/10/10 J.B.バスキン (著), P.J.ミランティJr. (著), 森 勇治 (翻訳)
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