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責任という虚構 (ちくま学芸文庫) | 小坂井敏晶 (著) | 2023年書評#27

大人になると仕事や生きていく上で妙に「責任」という言葉に触れることがあります。責任とは何なのでしょうか。責任と自由は対で言及されることもあり、あたかも自由意志での選択に対する責任が問われることもあります。

本書ではホロコーストなどでの集団で起きた事象の責任、免罪の可能性を含めた視点での責任。社会での責任問題などを紐解いていきます。

ものを考える際の最大の敵は常識という名の偏見だ。責任とは何かというような倫理的配慮が絡みやすいテーマについて考えるときこそ、常識の罠を警戒しなければならない。善意が目を曇らせる。良識と呼ばれる最も執拗な偏見をどうしたら打破できるか。 

📒 Summary + Notes | まとめノート

主体について

人間は主体的存在であり、自己の行為に責任を負わねばならない。という考えは社会通念としての概念にあります。本書の最初は集団行動における個人の主体性に関わる責任についての問いから始まります。

ホロコーストアイヒマン裁判を見たハンナ・アーレントは「エルサレムのアイヒマン」という著書を出します。ユダヤ人から多くの批判を受けた著書は、アイヒマンがとんでもない凶悪な悪であったという像を否定し、普通の一般市民のようであり正常な考えのできるものであったというような考えでした。ナチスが起こしたユダヤ人虐殺は人類史上未曾有の犯罪であることは間違いないのですが、それは精神異常者が起こしたのではなく、普通の人間の正常な心理過程を経て起きたことであると主張しました。

本書はここでミルグラムの実験など現在では否定されている実験などを参照していて少し戸惑いますが、主張の本質は、ハンナ・アーレントと同様で、責任は個人の主体的な意思に基づくものではなく、ある環境下(閉鎖的、指示があるなど)の集団状態では正常な人間は主体的でなくとも犯罪行為とされるものも平気でしてしまうという点を問います。

そこには、人の曖昧な判断基準(靴下実験)や認知バイアス、誤謬など原因があり、集団状態では無意識に自己の判断が誤ることもあります。

人間の自律性があるものという過程での「責任」という概念が、かなり不確かなものであり外的要因、内的要因の考慮がないものであります。

ホロコーストの状況を見ていくと、ホロコーストユダヤ人の虐殺に向かった人たちは前線に行けない比較的平凡な人であり、反ユダヤ思想も薄かったようです。銃を触ったことも無いような人間も多くあったようです。この大量虐殺が行われた仕組みを①責任転嫁の仕組み②犠牲者との心理距離③正当化がもたらす効果、から見ていきます。

集団では自分が抵抗しても仕方がなく、命令される側に責任を転嫁することで自身の(犯罪含む)行動を行ってしまいます。これは見て見ぬ振りのときなども似たものがあります。また、ホロコーストでは心理的ストレスが少ないように、作業が細分化され、実際に死体を見る人達は少なかったと言います。これは以前読んだ本に書いてあった気がしますが、遠隔で人を殺せるように兵器が開発されているのは、前線で実際に殺し合いをする心理的障害を回避するためとあった話と同じように思います。

アイヒマン反ユダヤ主義であったという話もあるのも事実ではありますが、本書での論点は、普通の人が同じ立場になった時、つまり自分が同じような立場になったときにその責任とは何なのかを考えることの大切さを問いています。

現代でも犯罪行為に対する刑として死刑があります。死刑を執行する際には、罪人を連れて行く人、ボタンを押す人など精神的負担を下げた中で執行されます。このような状況はある種ホロコーストに似たような体制です。心理的負担を下げさえすれば誰でもこのような死刑執行人の立場になりうる可能性は現実としてあります。

免罪の必然性

痴漢冤罪などが頻繁に起き問題視された時期がありました。死刑判決が出た犯罪も免罪であったことなどもあったと言います。死刑囚の免罪率は1.3%と言われているようです。死刑判決はより慎重な判断であるのに1.3%であることを考えると、その他の犯罪行為での免罪はおそらく高くなると予想されます。

免罪は無くせられるものでない側面もあり、またその原因となる行為もあります。最近読んだ「生涯弁護人」でも書かれていたのですが、検察や警察の捜査がかなり非合法であるケースがあるようです。これはストーリーに沿って自白を強要されるケースや、罪が軽くなるという甘い誘い、費用面での工面が難しいなどが理由のこともあります。

また、目撃証言なども悪気がなく誤るケースも多々見られます。裁判官も毎回の事例のスペシャリストであるわけでもないために、可能な限りの想像力を働かせて判断しなければならずに誤審も起こりえます。以前の判断で複数回棄却された判定があると、前回ダメだったので今回も棄却しておけばよいだろうというような思考も働き得ます。

責任を問う犯罪行為というものにおいて、免罪という可能性がある認識をしなければなりません。

責任という虚構

さて、人間は主体的存在であり、行動に対して責任を取らなければいけないという、「責任」について考えてみましょう。

先程まで、人間の責任をともなう判断には集団という外的要因で不本意であることもやることがある、など意思の曖昧さを見てきました。自由と思われる思想は自由でないのに責任がどんな意味があるのでしょうか。

ウィトゲンシュタインはすることのにではなく、しないことが行為であると述べます。

そもそも犯罪行為もその時代や社会が違いさえすれば犯罪でない可能性もあります。異質な考えをぶつけ合うことで新しい価値観が生まれ、犯罪というものは社会規範からの感情的反応で決まります。多様性を尊重するこの世界にて異なる価値観が育まれることはある種自然であり、そう考えると犯罪というものはなくなるものではありません。

ジョージ・オーウェルが書いた1984にあるような世界であれば犯罪のない社会という理想郷にたどり着くかもしれませんが、悪の存在しない社会など存在しないことは明らかです。

そう考えると責任というものが虚構であるように見えてきます。

虚構という言葉は一見ネガティブに解釈されがちですが、この虚構は悪いものなのでしょうか。本書では過去の様々な偉人の考えをもとに、人間が生きていく上で虚構は生まれざるおえないものであるということも認めています。

責任という観点から虚構という概念に迫る本書で明確な結論は書かれていないのですが、虚構が無くならないという矛盾から生きていく上での虚構との向き合い方を問う内容となっています。

感想

日々当たり前のように責任という言葉が使われていますが、責任って一体何なのだろうか。ということに対して向き合った内容の本書でした。

思えば責任とはかなり都合のよい言葉であり、責任を取れと言ったりしますが、その背景にどういった意思決定があったのか、その意思は自由意志からなるものなのか辿るという行為がとても重要であると感じられます。

虚構という言葉は人間社会のあらゆる現象に当てはまるような気もして、責任も虚構でありますし、正義や悪といった概念も虚構のようにも思います。

冷静に考えてみるとお金もある意味信頼という不確かなもので価値決定されており、対価交換の手段として集合理解があるために虚構の基成り立つ概念であるように思います。

昔、ちきりんさんの自分のアタマで考えようという本を読んで、色々な物事に対して立ち止まって考えてみる大切さを教わりましたが、本書は似たメッセージを学問的な解釈で説明してくれているように思いました。

あとがきにかかれている、著者の最初の出版物「異文化受容のパラドックス」の編集担当さんが交通事故で無くなり、本書を書いた後に「いい作品がかけたね」と褒めてくれるのか「まだまだ修行が足りない」と叱られるだろうか。もう読んでもらえないと思うと本当に残念だという言葉は本書の内容とは関係が無いですが、人の生死について考えるコメントであったのも印象的でした。

📚 Relating Books | 関連本・Web

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  2. https://amzn.to/3L251WU 異邦人のまなざし―在パリ社会心理学者の遊学記 単行本 – 2003/5/1 小坂井 敏晶 (著)
  3. https://amzn.to/3F3oumo 自分であるとはどんなことか―完・自己組織システムの倫理学 単行本 – 1997/12/1 大庭 健 (著)
  4. https://amzn.to/3F3oIde 他者とは誰のことか―自己組織システムの倫理学 単行本 – 1989/10/1 大庭 健 (著)
  5. https://amzn.to/3mzonII 「責任」ってなに? (講談社現代新書) 新書 – 2005/12/17 大庭 健 (著)
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  9. https://amzn.to/3ygRR0z 責任の意味と制度―負担から応答へ 単行本 – 2003/12/1 瀧川 裕英 (著)
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  19. https://amzn.to/3JjF5ov ヨーロッパ・ユダヤ人の絶滅 (下巻) 単行本 – 1997/11/1 ラウル・ヒルバーグ (著), 望田 幸男 (翻訳)
  20. https://amzn.to/3mBpveQ 近代とホロコースト〔完全版〕 (ちくま学芸文庫) 文庫 – 2021/4/12 ジグムント・バウマン (著), 森田 典正 (翻訳)
  21. https://amzn.to/3YHaHsR 普通のドイツ人とホロコーストヒトラーの自発的死刑執行人たち (MINERVA西洋史ライブラリー) 単行本 – 2007/11/1 ダニエル J.ゴールドハーゲン (著), 望田 幸男 (監訳)
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  24. https://amzn.to/3KYRlfv 殺される側の論理 (朝日文庫 ほ) 文庫 – 1982/1/1 本多 勝一 (著)
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  27. https://amzn.to/41QtynS 死刑はこうして執行される (講談社文庫) 文庫 – 2006/1/13 村野 薫 (著)
  28. https://amzn.to/3IZhWGm 自白の研究: 取調べる者と取調べられる者の心的構図 単行本 – 2005/7/18 浜田 寿美男 (著)
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  32. https://amzn.to/3YlWZLC 取調室の心理学 (平凡社新書) 新書 – 2004/5/1 浜田 寿美男 (著)
  33. https://amzn.to/41Pf8o7 行為の哲学 単行本 – 1997/9/1 有福 孝岳 (著)