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半導体戦争 世界最重要テクノロジーをめぐる国家間の攻防  | クリス・ミラー (著), 千葉 敏生 (翻訳) | 2023年書評#63

先日Nvidia時価総額1兆ドルとなり、日本政府も半導体への投資を多くし始めました。半導体の設計や製造はとても複雑であり一社で完結しない工程があり、半導体の勉強を兼ねて読みましたが、フェアチャイルドセミコンダクターから始まる歴史からここ最近の軍事に纏わる貿易制限などをまとめているとても面白い本でした。

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📒 Summary + Notes | まとめノート

半導体の始まり

半導体の始まりは60年前のサンフランシスコにある小さな企業フェアチャイルドセミコンダクターから始まります。同社はマイクロロジックという4個のトランジスタを搭載した新製品を発表しました。フェアチャイルドセミコンダクタームーアの法則で有名なゴードン・ムーアが共同創業者が名を連ねる企業で、電子腕時計、家庭用コンピュータ、携帯電話などの先進的な装置が今後発明されると予言していました。

元々はショックレーの半導体研究所で雇われていた8人の技術者(8人の反逆者とも呼ばれる)たちは電子製品の適した集積回路を考案します。

フェアチャイルドセミコンダクターのチップはアポロ計画で使用されたった2年で大きな実績と売上を挙げました。

同時期にテキサス・インスツルメンツ集積回路の発売を開始し軍からの支援を受けながら開発へと繋がります。

半導体を科学の観点から生み出したショックレー、バーディーン、ブラッテンはトランジスタの発明でノーベル賞を、キルビーやノイスは集積回路ノーベル賞を受賞し多大なる功績を残しましたが、その巧妙な製造技術に関してはMIT、スタンフォードテキサス・インスツルメンツが民間市場への応用へ大きな貢献をしました。

民間市場の開拓

軍事はスタート時の大きな売上を占めていましたが、半導体技術者たちは民間市場への展望を持っていました。テキサス・インスツルメンツでは歩留まりが悪い状態を改善すべくTSMCの創業者であるモリスチャンが活躍。化学薬品を組み合わせる温度や圧力を体系的に変化させ次々と改善を行いました。面白いエピソードに部下いじめで悪名が高く、椅子に座ってパイプをふかり、煙の奥から部下を見つめてくるという、いかにもな話もあります。

ただし、彼のおかげて歩留まりは25%にまで改善、IBMや多くのテクノロジー企業がこの手法を学びに来たと言います。民間市場にも導入できるほどにコストが抑えられることとなりました。

日本も復興に応じたハイテク産業支援の一貫でトランジスタの発展が起こります。ソニーの創業者盛田氏はベル研究所を訪れトランジスタのライセンス戦略からそこにイノベーションを加えます。

ソニーが開発したトランジスタラジオは首相が外交での贈り物とするほどになっており、またテキサス・インスツルメンツは高額でしか作れなかった所、ソニーは市場価格に見合う製造を行っていました。

成功しすぎた日本

有名な物語ではありますが、日本は半導体で安価に製造し販売できるということで当初誰もケアしていなかった日本の半導体産業は本家のアメリカを揺るがすまでになっていました。

日本の3社の半導体をテストし品質調査を行ったところ、最初の1000時間で故障率が0.02%を上回る企業は一つもなかったのに対して、アメリカの企業は故障率が0.09%、最下位の企業は0.26%と大幅に悪い性能でした。

また、日本の民間需要も旺盛であり家電製品に使用される半導体の影響もあり企業利益としても良い需要がありました。アメリカでは労働者たちが盛んに権利を訴える一方で、日本の労働者は驚くほど会社思いであり、効率性を絞り出す能力も高く、生産性は高くありました。

さらに、日本の金利は低いために長期での開発予算も見込むことができ、アメリカのように金利が高く資金繰りが困難になったらすぐに廃業というようなことも無いという金融構造の違いも差を生み出すこととなります。日本のDRAMメーカーは市場シェアを大幅に伸ばしました。

象徴的な出来事は「最高に熱いハイテク企業」とされたアメリカのGCAが日本のニコンに市場を奪われてしまい、GCAが傲慢な姿勢だったのに対して顧客の声をよく聞き改良を重ねたニコンが勝利します。1993年にGCAは融資が見つからず、政府の支援を得ようと試みましたが「打つ手なし」とされ事業をたたむこととなりました。

その後、アメリカは国レベルで日本と大きな規制をかけることで自国の半導体産業を守り、日本の半導体購入を制限することなどで日本の半導体産業は衰退することになりました。

戦争と半導体

元々アポロ計画や軍事利用から始まった半導体産業は誘導式ミサイルの需要拡大に伴い活用の幅が大きく増えることとなりました。

1980年代の報告書によると、人工衛星、早期警戒レーダー、自己誘導ミサイルへの使用など軍事費の約17%が電子機器に注ぎ込まれていました。

この軍事的に重要な半導体チップが日本などの他国に依存していると問題であること、また日本がソ連半導体の販売をしていると大きな問題が起こります。経済制裁の背景には軍事に関わるためでもありました。

戦争でチップが有効に活用され始めたのは湾岸戦争でした。テキサス・インスツルメンツは誘導式ミサイルにシンプルな構造ながらも改善を重ね、的中率の高いミサイルを生み出し、湾岸戦争では多くの映像でミサイルが戦車を命中する様子が映し出されます。アメリカの敗北とされたベトナム戦争において誘導式ミサイルは終盤に試されており、湾岸戦争時にはベトナム戦争時の6倍の命中率を残しました。

一方、ソ連でも半導体チップの活用は見込まれており、多くの技術者がおりアメリカの技術をコピーする戦略を立てていました。ロシアのシリコンバレーと呼ばれるような都市も誕生したのですが研究開発するよりもコピーすることに終始します。

スイスやオーストリアのダミー会社を通じてテキサス・インスツルメンツ製のチップを入手するも大規模な輸入はできず、また精密で手間のかかる装置管理も部品が手に入りにくいソ連ではうまく機能しませんでした。

レーガン政権がソ連のスパイ技術者を大量に逮捕して成果を挙げたこともありましたが、これは実態として政治パフォーマンスの要素は大きく、ソ連アメリカに大きく遅れを取っていました。

ソ連東ドイツで大量のチップを生産しましたが、日本のチップと比べ能力が劣り10倍もの値段のものしか生産できず、誘導式ミサイルも性能がよくないものでありアメリカが計算能力の高く実質検知不能なミサイルや撃ち落とし能力に長けたミサイルを開発したのに対して、軍事の高性能化には失敗しました。

TSMCファブレス

モリスチャンがテキサス・インスツルメンツにまだ在籍していた頃、顧客の設計したチップを受託製造する半導体メーカーの必要性を感じます。いわゆるファブレスと呼ばれる形で製造に大幅にコストが必要な半導体製造の低コスト化を予見し、低コスト化できる製造メーカーが必要であると未来をみていました。

モリスチャンはアメリカ企業から支援を受けることはできませんでしたが、台湾政府から資金繰りについて支援を得て、またオランダの半導体メーカーフィリップスなどから出資を受けます。

設計から切り離された製造向上としてパートナーから信頼を得たTSMCアメリカで設計された半導体を製造、アメリカと台湾双方に大きな利益をもたらす企業となりました。

この思想は今や半導体産業を代表するASMLにも同じことが起きました。フィリップスからスピンオフしてできたASMLはリソグラフィ装置メーカーとして、最高のパーツを組み合わせて自社の製品を作成します。一方で、ニコンはすべて自前で調達しようとしたために性能として差が縮まります。

前述していたようにアメリカは日本メーカーよりも中立とされていたオランダのメーカーとの協業は優先され、日米貿易摩擦の追い風もありました。ASMLはTSMCとのパートナーシップも組み、グローバル化の波に乗り、アメリカからの最先端技術も手に入れることができたために大きく繁栄します。

半導体は大きく3つに分けられ、①ロジック:スマートフォン、コンピューター、サーバーを動かすプロセッサ、②メモリ:コンピュータの動作に欠かせない一次的な記憶を提供するDRAMと長期的にデータを記憶するフラッシュ(NAND)、③視覚信号や音声信号をデジタルデータに変換するセンサーなどのアナログチップがあります。

アナログチップは微細化の重要性は低く、製造コストも低い半導体になり、大半の半導体メーカーはアナログチップやセンサーの製造を行います。テキサス・インスツルメンツオン・セミコンダクター、スカイワークス・ソリューションズなどはその代表例です。

微細化が求められる半導体は製造に集中できるTSMCのようなファブレス企業が請け負うことになりファブレス化は進みます。この大きなムーブメントに乗ったのはNvidiaです。LSIという半導体メーカーに居たジェンスンファンは複雑な3次元画像の生成にこそグラフィックスの未来があるとし、GPUに注目します。またGPUを取り巻くエコシステムとしてGPUのプログラミングソフトCUDAをリリース。現在では計算科学、天気予報など並列処理の広大な市場を独占しています。

Nvidiaにとって自社工場を建設しなくてよいことは幸いで、彼らに資産的な余裕はありませんでしたが、TSMCに委託することでファブレス化の恩恵を大きく受けました。Appleも同様にM1チップはTSMCで製造を行い、チップの設計を行っています。

ロジックチップを製造できるのは世界で3社のみであり、TSMCインテルサムスンです。

この中でインテルはデータセンター向けのチップを独占していましたが、今ではNvidiaGPUに押され一時期の地位を失いました。またインテルTSMCのように製造委託の仕事を引き受けようと試みましたが、設計から製造まで行う垂直統合スタイルの会社への委託は好まれず、TSMCに大敗をすることになりました。

中国の半導体

「サイバーセキュリティなくして国家安全保障なし」と2014年に発表した中国。中国のインターネットやコンピュータはアメリカ製のチップで動くという状態で、半導体の輸入に多くの資金を費やしていました。多くの監視システムはNvidiaのチップの元に成り立っています。

ジョージタウン大学の研究チームによると、半導体サプライチェーン全体にわたり、中国企業のシェアは6%、これはアメリカの39%、韓国の16%、台湾の12%に遠く及ばないものであり、中国は半導体の自給自足を目指します。

そこで中国はSMICを設立し、リチャードチェンを雇います。しかしながら利益を上げるのに苦心した挙げ句、TSMCとの一連の知的財産訴訟に見舞われて追放されることとなりました。

また、半導体企業を誘致したい都市と政治の結びつきにより、半導体企業は中国国内で点在することになり、企業統治も上手く行かなかったようです。

その中でファーウェイは半導体産業の欠かせないプレイヤーになります。創業者の任は経済特区となった深センにおいて、本館からの電話交換機を輸入して販売することから始まり、今では通信のデジタルインフラを請け負います。当初から国際的な視野を持ったファーウェイは現在、基地局装置としてはフィンランドノキアスウェーデンエリクソンと並び3大企業の一つです。

ファーウェイはベル研究所アメリカ企業を訪問し、また売上規模が大きくない段階から多額の資金を投入しIBMコンサルティングを雇い業務プロセスを改善していきます。以前読んだ半導体地政学でもありましたが、現在ファーウェイは大きな経済制裁を受けて、最先端の半導体TSMCで製造することができなくなりました。

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AIの分野において中国の能力を計算した部分が紹介されており、ジョージタウン大学のベンブキャナンによると、AIを活用するためには、データ、アルゴリズム、計算能力の3本柱が必要になり、計算能力以外では同等レベルにある可能性があると言われています。

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ただし、データに関しては中国は13億人の大衆データを活用できる一方でそれが軍事的な活用にどうつながるのかは疑問が残り、アルゴリズムに関する研究者はアメリカに残るためにアメリカに1流の研究者の59%が雇用されています。計算能力ではリードは縮まっているものの大きな余裕があるそうです。

感想

半導体の歴史をまるまる詰め込んだような内容がとてもおもしろく、半導体と一括りに認識していた理解から設計、製造の違いやそれぞれの難しさ、半導体の種類による活用方法の違いなどが整理されているとても面白い本でした。

軍事との関係は切り離せないものであり、民間需要もこれから更に高まることが予想されます。ウクライナ戦争では半導体を200個詰め込んだジャベリンが活躍し、ロシア軍の誘導式ミサイルは数週間で不足したとも言われております。ロシアによるシリア空軍では95%が無誘導式のミサイルであったとの分析結果もあるようで、数で乱れ打ちするような形に終始している状態です。

人類の叡智やグローバル化を最大限活かした半導体という小さなチップの熾烈な競い合いや淘汰の歴史はとてつもないものだということもとてもおもしろかったです。

日系企業においてもソニーイメージセンサーでは未だに活躍しており、Apple Vision Proでもソニーのセンサーが多く使われていた事は話題になりました。今後、日本が半導体産業に力を入れていくということでTSMCの誘致などにも成功し工場が建設されます。半導体産業に今後も注目していきたいと思いました。

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📚 Relating Books | 関連本・Web

  1. https://amzn.to/46d0YiE 半導体物理学 上 (物理学叢書 4) 単行本 – 1957/6/1 ショックレイ (著), 川村 肇 (翻訳)
  2. https://www.zenontech.co/post/v13-locking-in-the-china-chip-choke-20th-century-war-in-the-21st-century V13: Locking in the China Chip Choke, 20th Century War in the 21st Century
  3. https://amzn.to/3p4h0uK [新版]MADE IN JAPAN わが体験的国際戦略 Kindle版 盛田 昭夫 (著), 下村 満子 (著)
  4. https://amzn.to/3qF5qGD 僕の起業は亡命から始まった!―アンドリュー・グローブ半生の自伝― 単行本 – 2002/9/26 アンドリュー・S・グローブ (著), 樫村 志保 (翻訳)
  5. https://amzn.to/44aakdn ソニー―ドリーム・キッズの伝説 (文春文庫) 文庫 – 2002/3/1 ジョン ネイスン (著), John Nathan (原名), 山崎 淳 (翻訳)
  6. https://amzn.to/440InoN チップに組み込め!―マイクロエレクトロニクス革命をもたらした男たち 単行本 – 1986/11/1 T.R. リード (著), 鈴木 主税 (翻訳), 石川 渉 (翻訳)
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  18. https://amzn.to/3PklzM2 日本の陰謀―官民一体で狙う世界制覇 単行本 – 1984/5/1 マービン・J・ウルフ (著), Marvin J. Wolf (原名), 竹村 健一 (翻訳)
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  22. https://amzn.to/43JuCKJ 歴史の風景―歴史家はどのように過去を描くのか 単行本 – 2004/6/1 ジョン・ルイス ギャディス (著), John Lewis Gaddis (原名), 浜林 正夫 (翻訳), 柴田 知薫子 (翻訳)
  23. https://www.shmj.or.jp/shimura/ssis_shimura1_24.htm

     主役は「トランジスタ・ガール」