ライフイズビューティフル

訪問記/書評/勉強日記(TOEIC930/IELTS6.0/HSK5級/Python)

平和と愚かさ | 東浩紀 (著) | 2026年書評89

戦争がまた始まりそして常態化している世界となり、いつの時代も戦争というものが起こり得ること、どれだけ反省してもまた同じ戦うという行為をしてしまうことを嘆かわしく思います。

政治というものが基本的には対立や2項対立を組み立てる行為となってしまい政治について考えるということは対立を考えるような行為つまりは平和を遠ざける行為になってしまいます。そこで「考えないこと」の価値を見直し、いわば考えないことということが愚かなことと思われがちですが、平和であるということは考えなくて良いこと、そうすることを許す社会概念の必要性を考えます。

ウクライナやセルビア、中国、ベトナムなどの戦争の香りを旅行したどりながら各地域で現在・過去の戦争の記憶や解釈を見つけそこから考えを馳せていく展開の本になります。過去の哲学や歴史本などを見ると名言化や唯一解を生み出そうというものが目立ちますが東浩紀さんは訂正に関する本でも述べてきたように新しい見方を見つけ考えを常に訂正しながら生きていこうではないかというスタンスを教えてくれる本だったように思います。

www.youtube.com

youtu.be

平和と愚かさ

平和と愚かさ

Amazon

ohtanao.hatenablog.com

📒 Summary + Notes | まとめノート

平和について

素朴に考えれば、平和とは戦争をしないこと、だから対立する。最近では認知戦などと言われる言葉もあるように平常時でも常に実は戦っておりある種戦争の準備をしている、広義で言う戦争を続けていることになります。そしてまた戦争が始まってしまうと平和について語ることは難しくなります。

平和は「考えないこと」の広がりで定義される。だから、平和について考えるとは、「考えないこと」について考えるということでもある

ドイツのカール・シュミットは政治の本質は友と敵を分割し、敵を滅ぼすことにあると述べました。彼の言葉を借りるとするならば、戦争とは政治が全面化したものだとも考えられる。東浩紀によると市民生活のなかに「政治について考えない自由」をどれだけ確保していくかというが要されます。

サラエヴォに訪問してみるとあらゆる場所に戦争(包囲戦)の記憶にぶつかります。国立歴史博物館、書店には関連の写真集があり、街のあちこちには犠牲者の名を記されている。建物には銃痕がまだ残ったまま使われている。サラエヴォを歩いてみると、平和の記憶と戦争の記憶を重ねて保持するしかないという想いを馳せます。オリンピックは一つ非政治的な空間をつくる取り組みでもありました。サラエヴォ冬季五輪など含め五輪期間の休戦決議は語られている。

五輪休戦の呼びかけは、まさに「考えること」によって「考えないこと」をつくる試みなのである。この出発点が忘れられ、休戦の実現そのものが五輪の目的だと誤解されると、五輪そのものが政治的な空間に変わってしまう

歴史の記憶を形作るのに重要な存在になっている博物館。ポーランドや中国、韓国の博物館をみてみるとわかりやすく「わたしたち」を被害者に、「彼ら」を加害者に設定して、異民族の悪を表現する。原則としては自国民の鑑賞を想定しているし、またそれを触れやすいようにテーマパーク化している部分がある。

最近の平和の手法としては隔離、民族ごとに分けることで「考えない」ことをしている。昔は共生していた、今は隔離の平和であるという話もありますが、そういった話をするといやいや実は違ったものだ、なんていう話もある。これについてはどの平和の物語も同じような可能性がある。

平和の記憶はつねに訂正可能性に開かれねばならないということを意味している

悪の愚かさ

日本が細菌兵器731部隊がハルビンにて様々な人体実験を行ったことで犠牲者は3000人にも及んだ。人はなぜ残酷な愚かな行為をしてしまうのか、マルタと称された人たちは人体実験として想像を絶する行為を受けたのだが、その加害の愚かさ、いわば殺さなくても殺しても良かったとも受け取れるような残虐な行為(加害の無意味さ)について認めると今度は被害者がうかばれない。

村上春樹はねじまき鳥クロニクルという小説で原因と結果のような明確な関係はない、ということを小説で示そうとしたと言います。

村上はまさに、そのような関係を描くために小説という技法をもちいている。村上は主人公につぎのように語らせている。「ものごとはまるで3次元のパズルのように複雑に入り組んでもつれている。そこでは真実が事実とは限らないし、事実が真実とは限らない」。ねじまき鳥クロニクルの井戸は、そのような「真実が事実とは限らないし、事実が真実とは限らない」関係を言語化する装置として導入されているのである

著者はなぜ人々が愚行を犯してしまうのか長年考えてきました。アウシュビッツもヒロシマもチェルノブイリも、多くの場合、たまたま、なんとなくという答えが挙げられる。そしてまた博物館がそのたまたまという話、愚かさを消してしまいテーマパーク化した物語を記憶とさせる。加害者はだれなのか被害者は誰なのかを明確にしてしまい偶然性を消してしまう行為とも言える。

人々は賢くなろうと試みるものの、それと同時に群れと化した人々はその時々に若返り、同じように事故も起こすだろうし、虐殺すら繰り返してしまうかもしれない。博物館が語る必然の歴史の傍らで、偶然と中動態に開かれたもうひとつの物語が語られ続けなければならない。

感想

久しぶりに東浩紀さんの著書を読んでみて賢さを浴びる体験でした。過去の彼の著書の訂正や観光客などのキーワードとともに読んでいくと一貫した価値観を知ることもできます。哲学のバックグラウンドに時代の出来事を深く読み解く力を見ると学問的というよりも実践的な今のゲンロンという舞台の最適さを感じることができます。

今回の本のテーマである平和ということについて「考えないこと」の範囲をいかに広げていくことができるのか、ということをダークツーリズムを通じて得た示唆からまとめられている内容です。同時に読んでいた犠牲者意識ナショナリズムという本と通ずる部分が多々あるので併せて読むのがとても良いと感じました。

当たり前ですが、戦争についても人々の数だけ価値観や考え方があり、同じ平和についても様々異なる。犠牲者意識ナショナリズムでは政治的に記憶が利用されてしまうことで歴史が変化していくこと、また政治利用による捻じ曲げの嘆きを感じることができるのですが、本書でも歴史の取り扱いの難しさ、そこへの寛容さを学ぶことができます。

グローバル化によって人々が簡単に移動できるようになり、また触れ合うこともできる時代になり理解することや触れ合うことにより殺し合うまでにいかないような環境になったかと思いつつまだまだ人々は戦争を起こす。ウクライナとロシアの価値観はあまり理解がないためにロシアがどういった価値観を持ってウクライナへと侵攻したのかはたまたそれを停めることはできないものなのかいまだ分からないことは多々ありますが、これは本書に書かれているように戦争しても良かったししなくても良かった、偶然性が積み上がった結果なのだろうとも感じます。

教科書、教育、博物館など様々に得た歴史認識はいつの時代も新しい事実が分かり信じていたものが違っている可能性はいつでもあるということを忘れてはいけない、と感じます。自分が子どもの時と考えると公衆衛生の考えも変わり犬の糞を拾っていく飼い主は今ほど居なかったですし、暴力のある教育なんてものも当たり前、電車の喫煙車両など今思えば信じられないような世界観であり、これに対して不満を持っていた人の声は世の中の当たり前に押しつぶされて表面化していなかったと思います。

旅行の際には、風景などみて綺麗だな、といった思いに馳せるだけでなく、こういった示唆深い旅行などもしてみたいものだなと思いました。

📚 Relating Books | 関連本・Web

  1. https://link.amazon/B03zwgOcN エルサレムのアイヒマン――悪の陳腐さについての報告【新版】 ハンナ・アーレント (著), 大久保 和郎 (翻訳)
  2. https://link.amazon/B07ZorZ34 731―石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く (新潮文庫) 青木冨貴子 (著)
  3. https://link.amazon/B0ahiR8Wv 存在論的、郵便的: ジャック・デリダについて 東 浩紀 (著)
  4. https://link.amazon/B079UNmhT 郵便的不安たち 東 浩紀 (著)
  5. https://link.amazon/B0chqkwXf 観光客の哲学 増補版 東浩紀 (著)
  6. https://link.amazon/B01DhZ1jx 訂正可能性の哲学 東浩紀 (著)
  7. https://link.amazon/B0e7KLlTL チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド 思想地図β vol.4-1 東 浩紀 (著, 編集), 津田 大介 (著), 開沼 博 (著), 速水 健朗 (著), 井出 明 (著), 新津保 建秀 (著), 上田 洋子 (著), 越野 剛 (著), 服部 倫卓 (著), 小嶋 裕一 (著), 徳岡 正肇 (著), 河尾 基 (著)
  8. https://link.amazon/B00AZbLzx 橋の上の男 (1960年) ギュンター・アンデルス (著), 篠原 正瑛 (翻訳)
  9. https://link.amazon/B06cs2j65 時代おくれの人間 上 〈新装版〉 (叢書・ウニベルシタス 431) ギュンター・アンダース (著), 青木 隆嘉 (翻訳)
  10. https://link.amazon/B0g6vwQ4g われらはみな、アイヒマンの息子 ギュンター アンダース (著), 岩淵 達治 (翻訳)
  11. https://link.amazon/B086BbP0m ドリナの橋 (東欧の文学) イヴォ アンドリッチ (著), 松谷 健二 (翻訳)
  12. https://link.amazon/B0cpmQ0T0 民族はなぜ殺し合うのか: 新ナショナリズム6つの旅 マイケル イグナティエフ (著), Michael Ignatieff (原名), 幸田 敦子 (翻訳)
  13. https://link.amazon/B03FLThCf 写真記録ベトナム戦争 石川文洋 (著)
  14. https://link.amazon/B0eRLJJy7 戦争記憶の政治学: 韓国軍によるベトナム人戦時虐殺問題と和解への道 伊藤正子 (著)
  15. https://link.amazon/B0dcDqMLL 昭和16年夏の敗戦-新版 (中公文庫 (い108-6)) 猪瀬 直樹 (著)
  16. https://link.amazon/B0hDJaMzS 犠牲者意識ナショナリズム――国境を超える「記憶」の戦争 林 志弦 (著), 澤田 克己 (翻訳)
  17. https://link.amazon/B08eE0iHE 生かされて。 (PHP文庫 い 63-1) イマキュレー・イリバギザ スティーブ・アーウィン (著), 堤 江実 (翻訳)
  18. https://link.amazon/B00IV0HyP ヒロシマ・ノート (岩波新書 青版 563) 大江 健三郎 (著)
  19. https://link.amazon/B04rUI7qw 治療塔惑星 (講談社文庫) 大江健三郎 (著)
  20. https://link.amazon/B0aEtWYXW 核時代の想像力 (新潮選書) 大江健三郎 (著)
  21. https://link.amazon/B0a5cSHxK スレブレニツァ 長 有紀枝 (著)
  22. https://link.amazon/B05OVDLVV スレブレニツァ・ジェノサイド—25年目の教訓と課題 長 有紀枝 (編集)
  23. https://link.amazon/B050SrBzu ミネルヴァのふくろうは日暮れて飛び立つ (文春文庫 ラ 3-1) ジョナサン ラブ (著), Jonathan Rabb (原名), 野村 芳夫 (翻訳)
  24. https://link.amazon/B0ayl8pJm ルワンダの今:ジェノサイドを語る被害者と加害者 (ブックレット《アジアを学ぼう》別巻) 片山夏紀 (著)
  25. https://link.amazon/B00Aunurp 終焉をめぐって 柄谷 行人 (著)
  26. https://link.amazon/B03s6xoiT ガルトゥング平和学の基礎 ヨハン・ガルトゥング (著), 藤田 明史 (編集, 翻訳)
  27. https://link.amazon/B07kHNqJ8 内乱の政治哲学 忘却と制圧 神崎繁 (著)
  28. https://link.amazon/B0jlnTYEH バービイ・ヤール (1967年) クズネツォーフ (著), 草鹿 外吉 (翻訳)
  29. https://link.amazon/B0g67lAWL 中動態の世界:意志と責任の考古学 (新潮文庫 こ 73-2) 國分功一郎 (著)
  30. https://link.amazon/B064TRBmE 原子力時代における哲学 (犀の教室) 國分功一郎 (著)
  31. https://link.amazon/B0gj1ADhq 日の丸は紅い泪に―第七三一部隊員告白記― 英語版 越 定男 (著)
  32. https://link.amazon/B0jhXt4Hn ヒロシマ読本 (平和図書) 小堺吉光 (著), 広島平和文化センター (著)
  33. https://link.amazon/B0cNHsNUi 〈満洲〉の歴史 (講談社現代新書 1966) 小林 英夫 (著)
  34. https://link.amazon/B070eHeOJ ジェノサイドの丘: ルワンダ虐殺の隠された真実 (上) フィリップ ゴーレイヴィッチ (著), Philip Gourevitch (原名), 柳下 毅一郎 (翻訳)
  35. https://link.amazon/B0dkwZceD サイゴンのいちばん長い日 (文春文庫 269-3) 近藤 紘一 (著)
  36. https://link.amazon/B0cYeK9kT 原発依存の精神構造: 日本人はなぜ原子力が「好き」なのか 斎藤環(精神科医) (著)
  37. https://link.amazon/B00XDebiu ベトナム200万人餓死の記録: 1945年日本占領下で 早乙女 勝元 (著)
  38. https://link.amazon/B0eJsiiT7 続・チェルノブイリからの証言 ユーリー シチェルバク (著), 松岡 信夫 (翻訳)
  39. https://link.amazon/B07EzZn6R 政治的なものの概念 (岩波文庫 白30-2) カール・シュミット (著), 権左 武志 (翻訳)
  40. https://link.amazon/B0e2YixDB 民族浄化・人道的介入・新しい冷戦 冷戦後の国際政治 塩川 伸明 (著)
  41. https://link.amazon/B0asQ97oc ユーゴスラヴィア現代史 新版 (岩波新書 新赤版 1893) 柴 宜弘 (著)
  42. https://link.amazon/B040BQpWR 反原発の思想史: 冷戦からフクシマへ (筑摩選書 34) スガ 秀実 (著)
  43. https://link.amazon/B06nC9E7i ドキュメント 戦争広告代理店〜情報操作とボスニア紛争 (講談社文庫) 高木 徹 (著)
  44. https://link.amazon/B0a65L1t4 人体実験: 証言 七三一部隊とその周辺 中央とう案館 (編集), 江田 憲治 (著)
  45. https://link.amazon/B076nm1Ag 七三一部隊 (講談社現代新書 1265) 常石 敬一 (著)
  46. https://link.amazon/B01kNSYtR チェルノブイリ ある科学哲学者の怒り―現代の「悪」とカタストロフィー― ジャン=ピエール デュピュイ (著), 永倉 千夏子 (翻訳)
  47. https://link.amazon/B0imC96Jj ありえないことが現実になるとき ――賢明な破局論にむけて (ちくま学芸文庫) ジャン=ピエール・デュピュイ (著), 桑田 光平 (翻訳), 本田 貴久 (翻訳)
  48. https://link.amazon/B0j0e49Uz 哲学とは何か (河出文庫) G・ドゥルーズ (著), F・ガタリ (著), 財津 理 (翻訳)
  49. https://link.amazon/B0b3cOdSz あれから ─ ルワンダ ジェノサイドから生まれて ジョナサン・トーゴヴニク (著), 竹内万里子 (編集, 翻訳)
  50. https://link.amazon/B0faOmIkB 日本の大転換 (集英社新書) 中沢 新一 (著)
  51. https://link.amazon/B0hQ0Qkc2 スターリンのジェノサイド ノーマン・M・ネイマーク (著), 根岸 隆夫 (翻訳)
  52. https://link.amazon/B03sSOLlQ ホロコースト後のユダヤ人 ――約束の土地は何処か (ちくま学芸文庫ノ-13-1) 野村 真理 (著)
  53. https://link.amazon/B086uoBeI 存在と時間 マルティン・ハイデガー (著), 高田 珠樹 (翻訳)
  54. https://link.amazon/B0dhan3Dh ガリツィアのユダヤ人(新装版): ポーランド人とウクライナ人のはざまで 野村 真理 (著)
  55. https://link.amazon/B00C0Kxyi ハイデッガー全集79 ブレーメン講演とフライブルク講演: 第79巻 第3部門 未刊論文[講演-思い] マルティン ハイデッガー (著), 森 一郎 (翻訳), ハルトムート ブフナー (翻訳)
  56. https://link.amazon/B03EhPtOi 記憶の政治 ヨーロッパの歴史認識紛争 (岩波オンデマンドブックス) 橋本伸也 (著)
  57. https://link.amazon/B0j9fgdBq 表徴の帝国 (ちくま学芸文庫 ハ 9-1) ロラン バルト (著), Roland Barthes (原名), 宗 左近 (翻訳)
  58. https://link.amazon/B02Thc3wJ 陸軍登戸研究所の真実(新装版) 伴 繁雄 (著)
  59. https://link.amazon/B02K5xKaz サラエボ旅行案内: 史上初の戦場都市ガイド FAMA (編集), P3art and environmen (翻訳)
  60. https://link.amazon/B09hz8LmJ チェルノブイリ報告 (岩波新書 新赤版 168) 広河 隆一 (著)