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2019年 書評#3 Creative Selection アップルの黄金時代を支えた文化:デモ主義による創造淘汰

今年入ってから行っている英書読書。

今回はCreative Selectionを読了しました。

(一部こちらから無料で読めます) 

books.google.co.jp

Appleのex-workerであるKen Kosiendaさんが著者です。

細部に渡るこだわりや、デモファーストのAppleの開発工程を詳しく描かれておりとてもおもしろく読めました。特にiPhone(開発コード Purple)のキーボード開発の部分は読み応えありとても興味深かったです。これほど真剣にプロダクトに向き合って製品づくりできるとは充実した仕事になりそうだなあというのが正直な所。こんなに打ち込める環境中々無いのでは。

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www.youtube.com

Ken Kociendaさんについて調べていると上のYoutube番組がありました。

多少長くはありますがこちらも面白いのでぜひお時間ありましたら。

持ち込まれたApple製品がApple愛を物語っていました!

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はじめに:Appleのソフトウェア開発における成功を7つの要素

1. Inspiration: Thinking big ideas and imagining what might be possible

2. Collaboration: Working together well with other people and seeking to combine your complementary strengths

3. Craft: Applying skill to achieve high-quality results and always striving to do better

4. Diligence: Doing the necessary grunt work and never resorting to shortcuts or half measures

5. Decisiveness: Making tough choices and refusing to delay or procrastinate

6. Taste: Developing a refines sense of judgment and finding the balance that produces a pleasing and integrated whole

7. Empathy: Trying to see the world from other people's perspectives and creating work that fits into their lives and adapts to their needs

(意訳)

1. インスピレーション: 大きな視点を持ち、何が可能か創造しよう

2. コラボレーション:同僚と協力しあい、それぞれの強みを補完しあおう

3. クラフト:たゆまぬ努力をし、より高いクオリティの結果を達成するために技術を使おう

4. 熱心さ:必要な骨折り仕事をし、ショートカットや不満足な妥協はやめよう

5. 決断力:困難な決断をし、遅れやぐずぐずするのは避けよう

6. テイスト:洗練された決断をし、満足感と総合性のバランスを見つけよう

7. エンパシー:他社の視点で世界を見るように勤め、彼らの生活にフィットする創造し、ニーズに見合うようにしよう

この7つの要素を伝えるために、この本一冊を使っている。最初にこの7つの要素について書かれ、最後にもう一度かかれており、どの部分がどの要素の説明であったか補足されており、一冊読むと7つの要素を具体的なエピソードがつながりとてもわかり易い構成であった。

 

それでは、以下各章の概略

 

1. Demo

Appleの文化で一番印象的に描かれていたのがデモである。時にイラストレーターでどう画面が切り替わるか、どう色が変化するかなどをデモに使ってたとのこと。(上の動画1:00:00あたり)

デモは守秘度が非常に高いイベントであり、Appleの中でも限られた人間しか招かれないイベントである。そこでは勿論Steveがデモを見て、客観的な意見を述べる。Steveのフィードバックがとても素晴らしかったと述べられており、彼の好みで意見されるというよりは、人はきっとこういうものが欲しい、なぜならこのような理由で…と誰よりも客観的に述べていたようである。この部分は今までの印象と少し違っていたので面白かった。

デモ(CEO DEMO)にはAppleの中心メンバーでは、Henri Lamiraux(Vice president of iOS software engineering)やScott Forstall(senior vice president of iOS software engineering)、Greg ChristieBas Ording(デザインチーム)などが参加していたようである。殆どのメンバーについて恥ずかしながらこの本を読んで知ったのですが、殆どのメンバーはすでに退職しているようで、現在のAppleは殆ど入れ替わっていそうです。

ここでSteveからよく出た判断基準の一つに直感的であるかどうか、ということだったようです。忙しく家事をこなす母親が難しいソフトウェアを使うと思うか?という視点で、誰しも直感的に使えないとその製品は使ってもらえないと主張していた。その議論はキーボード一つを取り除くがどうかまでの細部までに渡り考えられ、デモを通しどの案が良いのか判断されていた。

今もこういった文化が残っているのかはわかりませんが、Appleの製品は非常に作り込まれており、細部に魂が宿っているところを見ると、まだまだこの考えは健在なのかと思います。

 

2. The Crystal Ball

この章ではコンピュータの歴史として、Richard Stallmanによるコピーレフト著作権フリー)という思想がシリコンバレーの中であったという話から始まる。

その中、Kenの前職Eazelという会社に努めており、Bud TribbleAndy HertzfeldDon Meltonとともに働いていた。後に彼らはAppleに入社し、尊敬するこのこのメンバーを追ってKenはAppleに入社することになる。

コピーレフト崇拝者であったEazelチームはGNOMEというプロジェクトで開発したLinux用のソフトウェアをフリーで提供するという決断をしたのだが、開発の遅れなどがあり、マネタイズが上手くできないままでいた。

一方Microsoftはソフトウェアを有償にし、さらにはブラウザソフトウェアとして活躍していたNetscapeとブラウザの奪い合いに発展。

ここでNetscapeが決断した方法としてはソフトウェアをFree as in beerとした。一方Richardが提唱するフリーとはFree as in freedomであり、歴史が証明するところに、Netscapeの判断が間違いであったことになる。(free as in beerはつまりダウンロードフリーで自由に使えるが、コードは見れないため、ユーザーが改良できない)

DonとKenは後にAppleSafariの開発に望むことになる。彼らはNetscapeのソフトウェアをダウンロードしMozilaをSafariの基盤としようと試みていたが中々上手く行かず苦戦していた。その時現れたのがRichard Williamsonである。彼はウェブブラウザ開発における大きな支えとなり、牽引した。RichardはKonquerorと言うブラウザベースの技術を元にブラウザを開発し、デモで活用できると証明した。Richardの開発プロセスEazel出身のDonとKenと異なり完璧よりも、まずは最小限の機能で実装という方向性であり、この開発プロセスも大いに取り入れられることに。Richardのおかげでできたデモにより多くの関係者にプロジェクトの存在意義が伝わり社内でも認められることになった。

 

3. The Black Slab 

フリーソフトKonquerorを元に作られたSafari。"free as in freedom"か "free as in beer"である文化から "closed source as in money"として有償で使われるという決断になる。Safariは中々Mac上で動かなかず、FIXME(要修正箇所あり)というワードが何回もポップアップしたが、ついにApple Browserとして使えた時に出た表示が the black slabと呼ばれる黒い■であった。(このあたりの文意があまり読み込めなかったです…)

少しずつ機能を付けていき、ウェブブラウザは文字を読み込み、画像を読み込みとどんどん進んでいく。

ここで筆者がエジソンの実験もこうであったのではと綴っている。

I agree with Edison. Ideas are nothing without the hard work to make them real.

失敗に失敗を重ね、努力を積み重ねて開発した。

 

4. One Simple Rule

ウェブブラウザ開発で基本となった一つのルールがある。Page Load Test(PLT)、つまりいかに早くページが表示されるかという指標である。Steveが強く求めたブラウザのページスピードは開発の指標とされた。そのため、まずはPLTを精度良く図ることができるシステムを作成し、このシステムで表示される結果を持ってコード書き換えの判断を行うようになった。つまり、どんな改良を加えるにしても、スピードが遅くなればNGである。

The Art of Computer Programming の著者であるDonald Knuth の言葉とは逆行することであった。

スピードを求めたブラウザが形になってきた所でSteveが名前をつけようと思い浮かんだ名前はThunderやFreedomであった。Kenはこのアイデアについては良くない印象を持ち、Scottが命名したSafariという名前を気に入ったようだ。

この章で少し語られているのはSteveのプレゼンテーションの準備である。Phil Schillerにリハーサルを見てもらいながら、気になる点があれば納得の行く言い方を探し、またやり直し、推敲する。Philからのアドバイスももらいながら。そして、本番でSteveはSafariIEと比較しただ早いだけでなく3番早いとよりキャッチャーなコピーを話した。

Kenはこのブラウザ開発をパワースウィープを活かした戦術で活躍したNFLの名コーチVince Lombardiのストーリーと重ね、適切な指標を見つけそれを目標とし、目標と現在の差を埋めていくという作業がとても重要であったと綴っている。つまり、PLTを指標とし一度も遅くなる改善をせずにしたことで成功があったと言うことである。

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5. The Harders Problem

KenはマネージャがDarin Adlerになった所でAppleを離れGoogleに行こうか迷っていた。 Googleの面接に参加し合格の発表をもらいリクルーターから”Think big!”(給料や株式の伸びを考慮にいれた金銭的な面を意味している)と言われ、転職の意向は消え、Appleに留まる意向を伝えたという。ここで"Sign up"という言葉についてTracy KidderThe soul of a new machineから紹介しており、Wikipediaで調べた所、エンジニアのモチベーションは金銭的なものではなく、コンピュータの次世代を作り上げる部分にあるという、働く意欲について述べられている。

"They don't work for the money", meaning they work for the challenge of inventing and creating. The motivational system is akin to the game of pinball, the analogy being that if you win this round, you get to play the game again; that is, build the next generation of computers.

Googleに行くのをとどまったKenはAppleのMailソフトの開発(Webkitの編集)にアサインされる。難題に差し掛かった所でDarin AdlerとTery Mattesonに出会う。彼らのアドバイスはKenの目線とは異なるものでとても助けになり、助言を元にコードを改良、デモをし、また話アドバイスをもらうというサイクルを重ねていき問題を解決することができた。このことからKenは"people matter more than programming"(プログラミングよりも人)という教訓を得た。

 

6. The Keyboard Derby

SyncプロジェクトのマネージャにアサインされたKenは、マネージャ業にもプロジェクトにも前向きに取り組めていなかった。Henriにプロジェクトを外れたいと言った所、2日後にオフィスに呼ばれ、NDA(Non-disclosure agreement:機密保持)にサインを箚せられた。サイン後に次のプロジェクトの事を告げられ”Yeah, we're making a cell phone”、つまりiPhoneのプロジェクトに参画することになった。当時のプロジェクトネームはPurple。タッチスクリーンに関わるHuman Interface(HI)チームの一員となり、今まで耳にしたことがあったが、社内でも隠れた技術であったmultitouchと呼ばれるタッチスクリーン技術を担当することになる。

このプロジェクトはSteveから執拗にフォローされ、進捗が遅すぎるために開発を取りやめにする可能性もあったようである。ブラックベリーが市場を賑わす中、この進みの遅さは問題であったが、ある時、Henriは全てのPurpleに関わるエンジニアを集め、キーボードのプロトタイプ(ビジョン)をまずは完成させるためにKeyboardダービーをすることにした。Kenが考案した"Blob"キーボードは以下のようなもので少しフリック入力を想起させる作りである。そこから更に改善したQWERTY形式のキーボードを考案した。

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2つ目の案では、小さくなったキーボードをソフトウェアで問題解決するために、3つ(ないしは2つ)の文字セットの中から最も適切と思われる単語を辞書から紐づけて推測できるようにした。

このアイデアはデモでも上手く機能し、キーボードダービーはこの案を持って完結。そしてPurpleプロジェクトを正式に再稼働へと導いた。

 

7. QWERTY

この章では先程のキーボードダービーで最終案となったキーボード案の問題点が次々に見つかる。ありふれた単語は良いが、出現頻度の低い単語やオノマトペ、人の名前について非常に精度が悪い。さらに長い単語については途中で予測変換されてしまい、何をタイプしていたのか妨げてしまうことにもなった。

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そこでキーボードは一文字ずつに分断することにし、オートコレクション機能をつける事で解決することになる。またQWERTY配列に関しての是非を巡る思考分析についても非常に面白かった。配列を見直した方が良いのか考えたが最終的に人に馴染み有るこの配列を使うことに決め、これは今でもスタンダードとして使われているタッチスクリーンでも代表的な配列となった。

 

8. Convergence

オートコレクション機能をより精度良くするために、使用頻度に伴い順位付けをすることや触った文字のポップアップ機能や、キーボード上の単語パターンと指の動きのパターンからの予測機能などをアルゴリズムに追加していくことで、キーボードプロジェクトは収束に向かっていった。

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デモにデモを重ねるApple開発プロセスこそ著者がこの本につけたCreative Selection(デモによる創造淘汰)である。この点Googleでは色の判断など多くをA/Bテストを行い判断する事が多いようで、Appleの意思決定の対比例として記されている。

If I extend the Darwinian metaphor, then creative selection was supplemented by the selection pressures we created to help shape our progress from demo to demo, in the phase of deciding what to vary. From its beginnings, Apple always had a characteristic sense of what to select for, a viewpoint on which ideas were strong, and this helped to define the conditions under which the creative selection process unfolded. 

こうして開発されたiPhoneはSteveのMacWorld2007での伝説的なiPhone発表につながる。

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このプレゼンを見るとたしかにMulti-touchのことに触れられており本で書いてある事がそのまま話されている。(そしてパテントについては裏話がありそうであった)

自身の関わった製品がこれだけ印象的に世界に発表されるというのはエンジニアとしては何よりの喜びであっただろうと想像する。

 

9. The Intersection

2年半待ち望んでいた、革命的な製品は発表後、世の中を変えることとなった 。

ここには、関連メンバー全員が、人間中心の設計を心がけたからだという。

Human-centered designで有名なのはIDEOであるが、似たような思考だったように感じる。

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人間の手の構造や脳のメモリについて考え、それに伴いソフトウェアに改良を加えてよりiPhoneを仕上げていった。

Kenたちが作り上げたKeyboardと世の中との交点はSteveのプレゼンテーションであった。SteveはここでKeyboardを"phenomenal"と称賛した。

なぜこのような素晴らしい製品が発表できた鍵をこの章で纏めている。

一つはデモ主義によるCreative selection、創造淘汰:デモを重ねる事によりイメージを共有し、問題点を見つけ出し、それの改善をし、さらにデモを実施して改善を評価する。

二つ目は、最初に紹介したApple開発プロセスにおける7つの要素の、Inspiration、Collaboration、Craft、Diligence、Decisiveness、Taste、Empathy。

創造淘汰と7つの要素が組み合わさった顕著な例がiPhoneであった。

 

10. At this point:iPhoneの発売日のストーリー

(最初の動画の50分ごろ)

この本の最後に描かれているのがiPhoneの発売日の出来事の事。

Bill Atkinsonという元Appleの社員との出会いの話である。ある日会社へ向かう中大勢の人だかりを見つけたKenは気になり車を止め群衆の中の様子を見に行った。実はこの日は2007/6/29。iPhoneの発売日であった。BillはKenにとってレジェンド的な存在で、BillはAppleMacの主要開発者の一人であったのだが、この日興奮を抑えきれずにApple Storeの行列に並び、自作の木製iPhoneを手に持っていたようだ。

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iPhoneリリースに至るまでの過程が多く描かれていたため、この書籍の最後に発売日の話が書かれており、そこにAppleの元社員が興奮を抑えきれずに並んでいるというのは、Appleが本当に良い会社であり、良いものづくりをして、人々に大きな影響を与えるのだというとても印象的なストーリーであった。

 

まとめ

Apple好きの人にはたまらない本であることは間違いないですが、iPhone開発プロセス(特にKenが関わったKeyboard)について葛藤や改良のアプローチが伝わる描写はとても興味深く読んでいて高揚感がありました。このように、自身のプロジェクトに(また、興味の持てないプロジェクト:この本の中ではsyncプロジェクト)に向き合い最善の選択を重ね努力していくことの大切さが纏められている。ものづくりに携わる人に取ってはとても貴重な本である。

その中のアプローチであるCreative selectionは全メンバーのプロジェクトへのコミットメント、責任感を促し、このような仕事は誇りを持てる大事な要素であろう。

理解の足りない部分もあるであろうが、自分なりの解釈を交え誰かがこの本を手に取るきっかけになれば良いなと思います!

 

 今年の書評+参考)

ohtanao.hatenablog.com

ohtanao.hatenablog.com

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www.catapultsuplex.com

 

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