戦争の歴史研究には感情がつきまといます。戦艦大和は世界一の技術であった、零戦は…などとあります。また戦死を遂げた方々も多くおりその遺族からすると心苦しい記憶でもあり、さらには戦争中の激しいプロパガンダもありネガティブな情報は事実であっても検閲により排除されていたこともあります。
こういったように正確な情報が少ない戦争記録の中で人々の手記や記録などからより冷静に戦時中の日本がどういうものであったのか、戦争の地へ赴いていた兵士たちがどのように感じていたのかなど記録がまとめられているものが本書になります。
📒 Summary + Notes | まとめノート
戦争の長期化と死亡原因
長期的な戦闘になると、資源のない日本にとってはとても不利になるために、日本軍が計画した戦略は短期決戦が多くありました。
日米海軍戦力としての隻数を見てみると日米の差が年を重ねる毎に増えていきます。
1941年(開戦時):日本237隻(1001千トン)、アメリカ345隻(1439千トン)
1943年(ガダルカナル戦):日本212隻(1007千トン)、アメリカ392隻(1595千トン)
1944年(フィリピン作戦直前):日本165隻(879千トン)、アメリカ791隻(3522千トン)
戦死者について見てみると、戦闘で死ぬというよりも補給路が絶たれて、食料不足が恒常的に発生。前線部隊への軍需品の到着(安着率)は1942年96%だったものが、45年には51%まで落ちていることを見ると、海上輸送された食糧の3分の1から半分が失われた計算になります。栄養失調になると病気も蔓延することになり、マラリアの感染率や栄養失調の割合も増えていきます。
海没死や特攻も大きな割合を占める死に方となります。35万人を超える兵士が海没死者として概算されており、アメリカの潜水艦の成功もありますが、日本軍の船舶は過剰な人員を限られた船舶で移動するために沈没の際に全員が脱出することは不可能になります。貨物船の劣化も著しく、航海速度をみると速度が最大12ノットのタイプがありましたが、船団のなかに遅い速度の船舶が含まれるとそちらに速度をあわせるために、船団の速度が全体として遅くなり、また攻撃を警戒してジグザグに走行するとさらにそこからスピードも落ちました。
特攻は悲しい作戦として記録にも記憶にも残るものですが、その効果は限定的であったと見られています。爆弾は投下後にそのスピードも威力を押し上げる要因でしたが、飛行機での特攻となると、機体がエアブレーキの役割を起こし爆弾の威力や貫通力は低下。大型艦を撃沈できない理由とも考えられています。これは特攻隊の中でも認識があったようで、爆弾を投下した後に特攻を行う方法も取られていました。
小笠原諸島の硫黄島の戦闘で生き残った鈴木栄之助が残す記録には、敵弾で戦死したと思われるのは30%程度であり、残りの7割は自殺、他殺、事故死であったと記憶されており、米軍上陸後1ヶ月ほどで終わった戦場での純粋な戦闘での戦死者は割合は低かったようです。
兵士について
兵力の推移について戦況が厳しくなるにつれて次第に増えていきました。
1930年:総数250,000
1940年:総数1,723,173
1945年:総数7,193,223
初期の頃には身体または精神にわずかな異常があれば支障ありとして徴兵されなかったものの、後期にわたり徴兵のガイドラインが緩和され、また年齢も引き下げられていきます。
皇軍という概念により軍隊に使えることが名誉として考えるようにもなります。30歳過ぎの人員は老兵とされ妻子がいましたが、若い人員は無鉄砲であり戦闘でも強いとされいます。
日中戦争の現場では食糧の補給能力の低下から現地調達が日常的に行われ、民家に隠し持たれている食糧を見つけるための指南術なども見られました。健康の記録によると基準とされていた合計カロリー3400が標準でしたが、1944年ごろには合計2900カロリーにまで減り、兵士の体重は平均して54キロまで低下。
結核を持つものは徴兵を免れることができたため、レントゲン検査記録を持ち結核を訴える人も多くありましたが、実態としてレントゲン検査から結核を発見できるほどの精度がなかったために、異常なしとしてみなすことも後期に増えていきます。
戦争の長期戦により虫歯の蔓延や、精神異常者も増えていき、戦場では栄養剤として葡萄糖の注射が行われ、その中にはヒロポンという覚醒剤も混入されており、兵士は認識がなく覚醒剤を多投されていました。戦争が激化すると、長く生きているというだけでネガティブな評価をくだされており、「いつまで生きているつもりなのか」と問われる空気も生まれます。
軍服や軍靴などの装備に関しても次第に資源が減りつつあったために、より安く革を創るためにタンニン素材の量は減らされ、質が低下。装備品の奪い合いなども発生します。
軍内では私的制裁に、自転車乗りと呼ばれる拷問があり、腕で身体を支え、自転車をから漕ぎする運動を長時間やらせる行為などもありました。私的制裁により身体中が紫色に変色して死に至るケースでは軍医の報告書は改ざんされ情報の表面化が抑えられました。
感想
本書では機械化の遅れにより、戦場での日本製の車が故障続きであり、馬も依然として多用されていたこと、外国製の車であれば困難な路上でも突破できたことなども記載されています。滑走路の設営などにおいては米軍ではトラクターなどの機械が最前線でも活躍しわずか1週間ほどで整備されるが、日本では手作業であったために数ヶ月かかることもあり、また整備の不十分なことにより離発着の難易度も高かったための事故なども多くありました。
日本軍の精神至上主義に関わるエピソードもあり、いわゆる根性論の蔓延。またいわゆる荒くれ者が隊にいると上位の指示も聞かれることも無くなったなども混乱を極める状況が感じられます。
読んでいて最前線の人たちは力の差が見えていただろうし、次第に補給も減っていき、軍艦など戦闘能力も違うことが目に見えて分かってきた中で、兵隊内では精神論がはびこるとなると絶望感が大きかっただろうなと思います。日本から奇跡的に届く親族からの手紙などで自分たちの眼の前で起こることと違う印象を感じるなどもあっただろうなと想像します。
悲しいことばかりな内容なのですが、特には侵攻した地域で戦闘員も現地の人を採用することが増えていったことも残念ですがきっと行われざるを得ない状況も想像できます。その地域の住民から食糧を略奪をしなければならない状況で、破壊行為を続けなければいけない世界を知ると、帝国主義的な思想の衰退はとても嬉しく思います。
夏を迎える度に、このような争いがもう二度と起こらないことを強く願います。
📚 Relating Books | 関連本・Web
- https://amzn.to/44DCnVw マッカーサーと戦った日本軍―ニューギニア戦の記録 単行本 – 2009/8/25 田中 宏巳 (著)
- https://amzn.to/4npBWFC B29基地を占領せよ: 10個師団36万人を動員した桂林作戦の戦い (光人社ノンフィクション文庫 566) 文庫 – 2008/3/1 佐々木 春隆 (著)
- https://amzn.to/3FYYjBa 兵士たちの戦場──体験と記憶の歴史化 (岩波現代文庫 学術487) 文庫 – 2025/7/17 山田 朗 (著)
- https://amzn.to/3TfAbNt 春訪れし大黄河
- https://amzn.to/44iF9hv 杉山メモ 上 普及版 単行本 – 2005/7/1 参謀本部 (編集)
- https://amzn.to/4khGScN 昭和天皇実録 第一 単行本 – 2015/3/27 宮内庁 (その他)
- https://amzn.to/4keRido 援護50年史
- https://amzn.to/4kb6AzX やすくにの祈り: 目で見る明治・大正・昭和・平成 大型本 – 1999/7/1 靖國神社 (編集), やすくにの祈り編集委員会 (編集)
- https://amzn.to/3IlJ4CM アジア・太平洋戦争: シリーズ 日本近現代史 6 (岩波新書 新赤版 1047 シリーズ日本近現代史 6) 新書 – 2007/8/21 吉田 裕 (著)
- https://amzn.to/3Tev688 餓死した英霊たち (ちくま学芸文庫) 文庫 – 2018/7/6 藤原 彰 (著)
- https://amzn.to/3I57Fvz 旧日本陸海軍の生態学 - 組織・戦闘・事件 (中公選書 19) 単行本 – 2014/10/9 秦 郁彦 (著)
- https://amzn.to/3TgZ37I 太平洋戦争 喪われた日本船舶の記録
- https://amzn.to/4kb6MPH 東条内閣総理大臣機密記録: 東条英機大将言行録 単行本 – 1990/8/1 伊藤 隆 (編集)
- https://amzn.to/4lszrk5 マラリアと帝国 増補新装版: 植民地医学と東アジアの広域秩序 単行本 – 2023/5/24 飯島 渉 (著)
- https://amzn.to/3I4CMHI 秘録・戦争栄養失調症
- https://amzn.to/4eqHRX2 戦争と罪責 (岩波現代文庫 社会332) 文庫 – 2022/8/10 野田 正彰 (著)
- https://amzn.to/4etpcdh 日露戦争の軍事史的研究 単行本 – 1976/11/26 大江 志乃夫 (著)
- https://amzn.to/4478a11 軍医のみた大東亜戦争 ペーパーバック – 2004/7/1 福岡 良男 (著)
- https://amzn.to/4ezubco 戦時造船史―太平洋戦争と計画造船 単行本 – 1989/12/1 小野塚一郎 (著)
- https://amzn.to/4npCaMY ラバウル洞窟病院 第八海軍病院中佐 ラバウル最大規模の病院戦記
- https://amzn.to/4lfk2Us 撃沈された船員たちの記録: 戦争の底辺で働いた輸送船の戦い (光人社ノンフィクション文庫 569) 文庫 – 2008/4/1 土井 全二郎 (著)
- https://amzn.to/40gZ8MD 高木惣吉日記と情報 下 単行本 – 2000/7/1 高木惣吉 (著), 伊藤隆 (著)
- https://amzn.to/3I29Eks 特攻――戦争と日本人 (中公新書 2337) 新書 – 2015/8/24 栗原 俊雄 (著)
- https://amzn.to/4emCKac 特攻 空母バンカーヒルと二人のカミカゼ―米軍兵士が見た沖縄特攻戦の真実 単行本 – 2010/7/12 マクスウェル・テイラー・ケネディ (著), 中村 有以 (翻訳)
- https://amzn.to/3GqKjQy 現代歴史学と軍事史研究: その新たな可能性 単行本 – 2012/11/1 吉田 裕 (著)
- https://amzn.to/4kaXLWz 神に見放された男たち: インパールの悲劇 大型本 – 1995/4/1 西地 保正 (著)
- https://amzn.to/44tg43L 小笠原兵団の最後
- https://amzn.to/44owxG6 決定版 - 日本人捕虜(上) - 白村江からシベリア抑留まで (中公文庫 は 36-12) 文庫 – 2014/7/23 秦 郁彦 (著)
- https://amzn.to/45Gr8g0 戦争と看護婦 単行本 – 2016/8/15 川嶋みどり (著), 川原由佳里 (著), 山崎裕二 (著), 吉川龍子 (著)
- https://amzn.to/46hQIIk 日本陸軍用兵思想史
- https://amzn.to/3IiyzjE インパ-ル兵隊戦記: 歩けない兵は死すべし (光人社ノンフィクション文庫 223) 文庫 – 2004/7/1 黒岩 正幸 (著)
- https://amzn.to/4l7yiyP 敵・戦友・人間―栄光なき戦いの果てに (1979年) - – 古書, 1979/8/1 井上 咸 (著)
- https://amzn.to/4l5azPO 靖国街道
- https://amzn.to/3TcBgpt 知られざる戦争犯罪: 日本軍はオーストラリア人に何をしたか ハードカバー – 1993/12/1 田中 利幸 (著)
- https://amzn.to/3ZPjxbm 徴兵制 (岩波新書 黄版 143) 新書 – 1981/1/20 大江 志乃夫 (著)
- https://amzn.to/3Gj2nw2 結核の歴史: 日本社会との関わりその過去、現在、未来 単行本 – 2003/2/1 青木 正和 (著)
- https://amzn.to/4lxtP8h 増上寺の新兵物語 ペーパーバック – 1984/1/1 飯田 邦光 (著)
- https://amzn.to/4l50P8d 侵略の証言: 中国における日本人戦犯自筆供述書 単行本 – 1999/8/10 新井 利男 (著), 藤原 彰 (著)
- https://amzn.to/40ukN3H 軍医戦記: 生と死のニュ-ギニア戦 (光人社ノンフィクション文庫 919) 文庫 – 2015/11/19 柳沢 玄一郎 (著)
- https://amzn.to/3I28B3Y 日本帝国陸軍と精神障害兵士 単行本 – 2006/12/25 清水 寛 (編集)
- https://amzn.to/3ZWrY4G 戦争とトラウマ 単行本 – 2017/12/15 中村 江里 (著)
- https://amzn.to/44BzxAi 中攻 海軍中型攻撃機―その技術発達と壮烈な戦歴 単行本 – 1976/1/1 英語版 巖谷二三男 (著)
- https://amzn.to/44FjC3S 覚せい剤: 白い粉の恐怖 (三一新書 931) ペーパーバック – 1982/7/1 室生 忠 (著)
- https://amzn.to/447adlF 西洋靴事始め: 日本人と靴の出会い 単行本 – 2013/3/1 稲川 實 (著)
- https://amzn.to/44tgpU5 靴の話 大岡昇平戦争小説集 (集英社文庫) Kindle版 大岡昇平 (著)
- https://amzn.to/3GmQwNp るそん回顧: ある陸軍主計将校の比島戦手記 単行本 – 2009/8/1 那須 三男 (著)
- https://amzn.to/447DL2C 怒りの河―ビルマ戦線狼山砲第二大隊朝鮮人学徒志願兵の記録 単行本 – 1995/3/1 李 佳炯 (著)
- https://amzn.to/3TSBGkR 帝国国防方針の研究: 陸海軍国防思想の展開と特徴 単行本 – 2000/9/1 黒野 耐 (著)
- https://amzn.to/3TNRPIm 日本一歩いた「冬」兵団: 第三十七師団・一軍医の大陸転戦記 単行本 – 1993/8/1 江頭 義信 (著)
- https://amzn.to/4lxsChq 華中作戦: 最前線下級指揮官の見た泥沼の中国戦線 (光人社ノンフィクション文庫 551) 文庫 – 2007/10/1 佐々木 春隆 (著)
- https://amzn.to/4k9m733 聞き書き・日本海軍史 単行本 – 2009/7/22 戸高 一成 (著)
- https://amzn.to/4l2iDk2 NHKスペシャル 日本人はなぜ戦争へと向かったのか 上 単行本(ソフトカバー) – 2011/2/23 NHK取材班 (編集, その他)
- https://amzn.to/44neJLH 日本の軍隊: 兵士たちの近代史 (岩波新書 新赤版 816) 新書 – 2002/12/20 吉田 裕 (著)
- https://amzn.to/3TAkS2h 軍隊まんだら 単行本 – 2004/7/1 佐藤 貞 (著)
- https://amzn.to/3ZVn3AW 戦時戦後の日本経済〈上巻〉 (1950年) - J.B.コーヘン (著), 大内 兵衛 (翻訳)
- https://amzn.to/4nwGomf 軍国家庭読本 締めよ、こころ
- https://amzn.to/4l5bcc8 日本本土防空戦 B-29対日の丸戦闘機 (光人社NF文庫) 文庫 – 2022/8/25 渡辺 洋二 (著)
- https://amzn.to/3TcBMDV 日本人の戦争観: 戦後史のなかの変容 (岩波現代文庫 社会 107) 文庫 – 2005/2/16 吉田 裕 (著)
- https://amzn.to/40rz7tP やっぱり勝てない?太平洋戦争: 日本海軍は本当に強かったのか 単行本 – 2005/4/1 「やっぱり勝てない?太平洋戦争」制作委員 (著)
- https://amzn.to/3I2m8sm 日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか (PHP新書) 新書 – 2010/12/15 竹田 恒泰 (著)
- https://amzn.to/4epwGxL あの夏、兵士だった私 単行本(ソフトカバー) – 2016/8/4 金子兜太 (著)
