ライフイズビューティフル

訪問記/書評/勉強日記(TOEIC930/IELTS6.0/HSK5級/Python)

Humankind 希望の歴史 人類が善き未来をつくるための18章 | ルトガー・ブレグマン (著), 野中香方子 (翻訳) | 2023年書評#7/8

「人間の本質は善である」

そう言われると楽観主義者の短絡的な希望観測に聞こえるかもしれません。

人々は元来野蛮であり、人類のルーツはそこにある。なぜ戦争が起き多くの人々を殺し合うのか。スタンフォードの監獄実験や割れ窓理論でいかに人々が凶暴であるのか科学的にも証明されてきたのでは?

ブレグマンは一つ一つの主張を見直し、本当にそうであるのか?心理学で当たり前とされていた結論までをも覆す結論が多くあり、論文や実験が実施された背景を多くの証言や文献から読み解き、人間の本質は善か悪か?という問いに対して答えを出しています。

本書の最後にある人生の指針とすべき10のルールや、共感の大切さ、現実主義であることの重要性に関しては、とても優しく希望にあふれる気持ちになれる内容でした。

この指針を認識して、何より希望を持って生きていくこと、という人生を豊かにできるヒントが隠されているように思います。

📒 Summary + Notes | まとめノート

第2次大戦下、人々はどう行動したか

ヒトラー率いるドイツが様々な土地へ進出しいよいよイギリスまでその驚異は広がり、ついにロンドンまで空爆が遂行されました。ロンドン大空襲の際に8万超の爆弾が落とされる中で失意のどん底まで叩き落され人々はシェルターから出てこられなくなるだろうと予想されていましたが、人々は静かにお茶を飲み、破壊されたデパートでは「入り口を拡張しました」といったユーモアあるポスターが貼られました。人々の士気は下がることなくむしろ強くなるという結果でした。

ハリケーンカトリーナで多くの被害にあったニューオリンズでは災害に乗じて略奪、殺人、レイプが増えると言われましたが実際には人々は助け合い利他的な行動はよっぽど少なかったとデラウェア大学の災害研究センターはレポートします。

蝿の王と呼ばれる小説をご存知でしょうか。少年たちが漂流し無人島にたどり着いた後に生き延びるために残虐な行為をしてしまうという物語です。面白いことにこの物語と同様の事件が現実で置きました。トンガの少年たちが釣りにでかけた際に漂流し無人島にたどり着きます。無人島でのサバイバル生活は蝿の王に描かれた残虐な行為は行われることなく、ピーターワーナーが発見するまで1年超もの間協力しながら生き延びました。

自然の状態

性善説性悪説の議論は古くからされてきました。ホッブス性悪説を唱え、ルソーは性善説を唱え古くから哲学者の間でそれぞれの論説を元にして語られてきます。性悪説的な考えにはその後、利己的な遺伝子で語られる、生命は本来利己的であること、フラットヘッドを持つネアンデルタール人の虐殺のあとが残る人骨が大量に発見されたこと、など性悪説的な側面を持つ言説が支持されていきます。

なぜネアンデルタール人ではなくホモサピエンスが生き延びたのかということについて、本書では人類は賢かったからではなく共感力が高かったからである主張します。

一方で、性悪説的な言説は根強く、スティーブン・ピンカーも話題となった暴力の人類史を発表します。多くのデータが示され人々がいかに暴力的な歴史を歩んできたのかを数多くの事例を列挙しました。ブレグマンも、ピンカーが言うのであれば「人々は元来善である」という考えが間違っているのかと落胆する一方で、戦時中の兵士の行為を見つけます。

歴史学者マーシャルが戦時中の兵士に関する研究をまとめた「撃たない兵士」という著書を発表し、戦時中多くの兵士は撃つのを最大限に拒んでいたことをまとめました。同様の事象は南北戦争フランス軍でも確認され、ジョージ・オーウェルは「カタロニア讃歌」で同様の小説を書きました。

ピンカーのデータを辿ると、戦死とされる死者数のカウントには含まれるべきでない死が含まれているために問題がある数値だとブレグマンは言います。

文明の呪い

人々は実際に戦争を繰り返してきたではないか?そういった事実は残虐性を示す証拠にもなります。ブレグマンは善か悪かの問題についれ調べる中で戦争行為の背景には、人々が定住を始め、財産を持ち、権力が生まれたことについて関連があるのではという疑問が浮かびました。多くの文明化の弊害として戦争行為が生まれたのではないか。

文明化の結論として多く語られることにイースター島の記録「文明崩壊」があります。この中ではイースター島は文明化の弊害として繁栄後に破滅へ進んだとされています。

イースター島の歴史を調べていくと虐殺は行われておらず、スペイン人が島を見つけた際にも有効的な姿勢を見せたという記録が見つかります。結論、イースター島が破滅へと向かったのは奴隷商人とウイルスにより起きたという結論に至りました。

性悪説的な考えの代表的な研究に「スタンフォード監獄実験」があります。看守役と囚人役として学生を集めて実験監獄を作成した後に残虐性が現れはじめ実験は制御不能に。ジンバルドはこのことから人の残虐性について唱え多くの心理学研究で引用されます。

ル・テクシエはこの実験を記録された映像を見たことをきっかけにドキュメンタリーを作成し始めます。実験関係者へのインタビューからこの実験がデタラメであることが明らかになります。看守役として参加していたジャッフェがそもそもジンバルドへこの実験を提案しており、ジンバルドは看守役へ何も支持していないとされていたが拷問の大半はジャッフェが想定していたものを実施。看守役はしっかりと指示をされており、多くの看守役はこれに抵抗していたという記録も見つかりました。

www.youtube.com

https://www.youtube.com/watch?v=KND_bBDE8RQ

アメリカ心理学会のトップにまで上り詰めたジンバルドのイカサマ実験は今もなお多くの人に信じられているというのは皮肉なことです。BBCは再現実験を行い、まったく何も起きないどころか、看守と囚人が協力しあう姿が確認されます。

同じく心理学の世界で大きな影響を与えた「ミルグラムの電気ショック実験」があります。生徒役と先生役の2人1組のセットで生徒役が間違えると電気ショックが罰として与えられ、間違えるごとに電気ショックの強度が上がり致死レベルまで到達しても先生役は躊躇なくスイッチを押すというレポートでした。

ブレグマンは記録映像を分析するうちに「服従」しているように見えた被験者たちは命令が強くなるほどスイッチを押すことに抵抗し「不服従」の姿勢を見せており、権威者の命令に対して無差別に従っていなかったということを見出します。

www.youtube.com

https://www.youtube.com/watch?v=xOYLCy5PVgM

www.youtube.com

https://www.youtube.com/watch?v=HC3u3l7JCb8

再現試験を行ったドンミクソンは、人々が善良でありたい・役に立ちたいという思いを元にこの実験へ参加し、命令に服従しているというよりも善良であろうとすることに囚われていたと結論付けました。ミルグラムの実験と同様に語られる、ヒトラーの命令に服従し怪物となったとされるアイヒマンの心理も研究され続けていました。ハンナ・アーレントアイヒマンの心理状態を服従ではなく同調で「善良であるために」ヒトラーに同調し事件を起こしたと言いました。

マシューホランダーはミルグラムの実験から実験を止めた人々のパターンを分析し①生徒役に話しかける②実験助手に責任を思い出させる③続けることを繰り返し拒む、というコミュニケーション、対決、共感、抵抗により実験の中止までたどり着いたとまとめ、ここよりブレグマンは「抵抗することの価値」をこの例から学びます。

残虐性を伝える事例に「キティの死」という物語があります。多くの目撃者が居る中で誰も通報することなく死を迎えたストーリーです。傍観者効果と呼ばれ語られるこの物語についてもブレグマンは説明します。この事件は38人もの目撃者がいたとされテレビで報道されていましたが、この中の多くはただ物音を聞いただけの目撃者でもない人たちが含まれていたこと、実際に通報した人は居たが警察が夫婦喧嘩だと勘違いしたこと(時代背景としてよく起きていた)実際に助けるために部屋を飛び出した人がいた事などから、ジャーナリズムにより歪まれた内容であったと言います。この物語は傍観者になるのではなく、人々は助け合おうとしたという話だったのです。

善人が悪人になる理由

ブレグマンが調べてきた事例はそれでも人々は悪人になったというものですが、その理由はなぜだったのでしょうか。それは「友情」です。

モーリスジャノヴィッツがドイツ軍に関して調べた中で出した結論でした。兵士間の友情が残虐な行為へと突き動かしたと言います。ISのテロ行為を行った者たちは、同じ生活圏で過ごした人たちの目には優しい人たちであり、イデオロギーの効果はほとんどなく、テロを起こす直前にコーランの本を購入する程度の人たちでした。

幼児に対して毎日赤と青の服を着させるグループを作り、毎日「おはよう、赤さん」などと属性意識をさせた後に集団意識を持った幼児は互いに対して否定的になりました。子供は大人よりも敏感に属性意識を持ちます。

戦争での死者の原因の多くは遠隔攻撃でより前線で状況を共にする兵士たちは互いに殺し合いたくない意識がありました。第2次世界対戦でのイギリス兵の死因の75%は空爆や砲弾などの遠隔攻撃であり、人類はより遠隔で攻撃できる手段を生み出すことで戦争で勝つことができました。この背景には人々が元来善くありたいという思いからです。

新たなリアリズム

ブレグマンは前述にあるように善であるということを信じています。この信条について「信じる力」の重要性もまとめていきます。ピグマリオン効果(その対立のゴーレム効果)、多元的無知は集団の心理により良い方向にも悪い方向にも転ぶためです。ホモハピー(人類)が苦手なことは共感からくる集団への抵抗です。

ウィリアム・ジェイムズが唱えた「信じる意思」を燃料にしてより良い方向へとあるき出さなければいけません。

金銭的インセンティブはモチベーションを上げるとされていましたが、研究ではモチベーションを下げるという結果もあり、良い方向へと進み出すためには保守でも急進でも資本主義でも共産主義でも無くリアリズムだといいます。

大切な考え方としてコモンズ(共有財産)があります。コモンズの失敗として多く挙げられる共産主義は、コモンズの含意はなく今までの共産主義ではコモンズという考え方ではありませんでした。

ノルウェーの刑務所では管理されない、再犯率も低い刑務所があります。割れ窓効果を唱えたニューヨーク警察はさらなる対立を生み出し近年のブラックライブズマターまで根深い対立を生み出しました。

南アフリカ民主化を生み出したフュリューンという双子の兄弟は最も対立する人生を歩んできましたが、双子のちからによりマンデラにアプローチをし戦うことなくアパルトエイト撤廃を成功しました。

第1次世界対戦中に起きたクリスマス休戦は戦場の最前線で数時間まで敵対していた兵士同士がクリスマスを祝いました。優しさは伝染していくのです。

www.youtube.com

https://www.youtube.com/watch?v=yCRjN6qqgHc

人生の指針とすべき10のルール

  1. 疑いを抱いた時には、最善を想定しよう

  2. ウィンウィンのシナリオで考えよう

  3. もっとたくさん質問しよう

  4. 共感を抑え、思いやりの心を育てよう

    マチウ・リカール: 愛他性に導かれる生き方

    www.ted.com

  5. 他人を理解するよう努めよう。たとえその人に同意できなくても

  6. 他の人々が自らを愛するように、あなたも自らを愛そう

  7. ニュースを避けよう

  8. ナチスを叩かない

  9. クローゼットから出よう。善行を恥じてはならない

  10. 現実主義になろう

感想

「人間の本質は善である」というブレグマンの主張に関して、性悪説として知られる論説を紹介しながら問題や間違いをまとめた本でした。

様々な悪行を行ってきた人類ですが、それは人類や生き物の性質としてではなく共感や仲間意識により愚行だとブレグマンは言います。全員が「人間の本質は善である」という意識を共有することでより良い未来が待っているという考えはとても力強いものであります。

政治では誰かを批判し対立を生むことで票を集め、そのスピーカーとしてニュースやSNSが利用されている側面があります。資本主義や競争がある社会において大小あるものの対立が起こるのは仕方ないとは思いますが、根底に「人間の本質は善である」という考えがあればその対立はポジティブなエネルギーに変わるように思います。

共感はネガティブなエネルギーを増幅させ、同室空間での生活は外部との対立意識を無意識的に生んでしまうこともあるでしょう。そういった性質を認識していることはとても大切で、今の時代は多くの手段により多様な人々とのつながりを生み出すことで属性意識を薄めることもできるでしょう。

都会の人が田舎で生活してみることや、海外で生活してみること、対立両方向の意見を調べてみることなど日頃から意識したほうがよい習慣もあると思います。

ブレグマンが性悪説的な考え方を深く理解しその結論に至った背景を調べる紳士的な姿勢に感嘆します。楽観的な考え方や幸福感を高めるような思考が少しずつ、たしかに拡大していくことを願います。

📚 Relating Books | 関連本・Web

  1. https://amzn.to/3GL7iSu 群衆心理 (講談社学術文庫) 文庫 – 1993/9/10 ギュスターヴ・ル・ボン (著), 桜井 成夫 (翻訳)
  2. https://amzn.to/3iMcMV8 定本 災害ユートピア――なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか 亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ Kindleレベッカ・ソルニット (著), 高月園子 (翻訳)
  3. https://amzn.to/3H7BQQ7 利己的な遺伝子 40周年記念版 Kindleリチャード・ドーキンス (著), 日高敏隆 (翻訳), 岸由二 (翻訳), 羽田節子 (翻訳), 垂水雄二 (翻訳)
  4. https://amzn.to/3iB4Ki6 蠅の王〔新訳版〕 (ハヤカワepi文庫) 文庫 – 2017/4/20 ウィリアム ゴールディング (著), William Golding (著), 黒原 敏行 (翻訳)
  5. https://www.vice.com/ja/article/4adky9/shipwrecked-on-uninhabited-desert-island 無人島に漂着し、1年3ヶ月生き抜いた若者たちの記録
  6. https://amzn.to/3iCfgFC ホッブズ リヴァイアサン シリーズ世界の思想 (角川選書 1006 シリーズ世界の思想) 単行本 – 2022/2/16 梅田 百合香 (著)
  7. https://amzn.to/3Xw8mk1 暴力の人類史 上 単行本 – 2015/1/28 スティーブン・ピンカー (著), 幾島幸子 (翻訳), 塩原通緒 (翻訳)
  8. https://www.tais.ac.jp/faculty/department/cultural_studies/blog/20120203/23492/ 戦争と文化(5)――戦闘でも人は人を殺さない!
  9. https://amzn.to/3w4sQol カタロニア讃歌 Kindleジョージ・オーウェル (著), 高畠文夫 (翻訳)
  10. https://amzn.to/3QO1Gvx 猿の惑星
  11. https://amzn.to/3kgMlHQ 2001年宇宙の旅
  12. https://amzn.to/3IKHQ2l 反穀物の人類史――国家誕生のディープヒストリー 単行本 – 2019/12/21 ジェームズ・C・スコット (著), 立木 勝 (翻訳)
  13. https://newspicks.com/news/6078487/body/ 2021/8/9【新教養】最も「友好的な人間」が生き残る
  14. https://amzn.to/3k6jPbB コン・ティキ号探検記 (河出文庫) 文庫 – 2013/5/8 トール・ヘイエルダール (著), 水口 志計夫 (翻訳)
  15. https://amzn.to/3ZFr3Uv 文明崩壊 上巻 Kindle版 ジャレド ダイアモンド (著), 楡井 浩一 (翻訳)
  16. https://amzn.to/3iFuJF4 アク・アク―孤島イースター島の秘密 (現代教養文庫) 文庫 – 1992/12/1 トール ヘイエルダール (著), Thor Heyerdahl (原著), 山田 晃 (翻訳)
  17. https://bunshun.jp/articles/-/47360 スタンフォード監獄実験にもちあがった“ねつ造疑惑” 「人間はたやすく邪悪な存在に変わる」説は本当か?
  18. https://amzn.to/3XytlCK ティッピング・ポイント―いかにして「小さな変化」が「大きな変化」を生み出すか 単行本 – 2000/2/1 マルコム グラッドウェル (著), Malcolm Gladwell (原著), 高橋 啓 (翻訳)
  19. https://amzn.to/3COK3G4 ルシファー・エフェクト ふつうの人が悪魔に変わるとき 単行本(ソフトカバー) – 2015/8/3 フィリップ・ジンバルドー (著), Philip Zimbardo (著), 鬼澤忍 (翻訳), 中山宥 (翻訳)
  20. https://www.simplypsychology.org/milgram.html ミルグラム電気ショック実験
  21. https://amzn.to/3WhOpfH エルサレムアイヒマン――悪の陳腐さについての報告【新版】 単行本 – 2017/8/24 ハンナ・アーレント (著), 大久保 和郎 (翻訳)
  22. https://amzn.to/3XwtOpb 服従の心理 (河出文庫) Kindle版 S・ミルグラム (著), 山形浩生 (翻訳)
  23. https://amzn.to/3iIdCCv 服従実験とは何だったのか―スタンレー・ミルグラムの生涯と遺産 単行本 – 2008/2/5 トーマス・ブラス (著), 野島 久雄 (翻訳), 藍澤 美紀 (翻訳)
  24. https://ja.wikipedia.org/wiki/キティ・ジェノヴィーズ事件 キティ・ジェノヴィーズ事件
  25. https://amzn.to/3XuWsqx 君主論 - 新版 (中公文庫) 文庫 – 2018/2/23 マキアヴェリ (著), 池田 廉 (翻訳)
  26. https://amzn.to/3k8rNku チンパンジー政治学―猿の権力と性 (産経新聞社の本) 単行本 – 2006/9/1 フランス・ドゥ ヴァール (著), Frans de Waal (原著), 西田 利貞 (翻訳)
  27. https://amzn.to/3kh2Hjw 国富論(上) (講談社学術文庫) 文庫 – 2020/4/10 アダム・スミス (著), 高 哲男 (翻訳)