ファイナンス理論と呼ばれるものは現代ではかなり整備されてきました。みんなの最適解としてインデックス投資が叫ばれ出したのはここ最近ですし、一昔前までは投資=博打というような世界観も多くあります。
この本の帯に書かれている「100年分の投資理論が体系的に一気にわかる!」と書いてあるのを見ると投資の世界は100年ほどしか歴史が無いものなのだとはっとします。
利益という強烈なインセンティブにより多くの天才たちが様々な視点・手法で解明を試みてきた金融という世界の歴史を垣間見ることができる本でした。
1990年:ルイパシュリエ「投機の理論」
1952年:ハリー・マーコウィッツ「ポートフォリオ選択」
1960年代:ユージン・ファーマ、ポール・サミュエルソン、ポールクートナー「効率的市場仮説」
1973年:ウォール街のランダムウォーカー出版
1987年:ブラックマンデー
1988年:メダリオン開始
1992年:VaR
2002年:プロスペクト理論
2007年:ブラック・スワン出版
📒 Summary + Notes | まとめノート
現代ファイナンス理論の起点
厳密な起点というものが定義できませんが本書でなりたちの最初とされているのは1870年生まれのフランス人、ルイバシュリエ。学費を稼ぐために大学へ通いながらパリ証券取引所で働き始めます。1900年、「投機の理論」という論文をまとめ指導教官はポワンカレでした。
当時、金融とはカジノと同じ投機の世界とされ、学問と相性が悪いテーマであり、査読したポール・レヴィからは間違いを指摘されるなど不遇な結果となりました。後にレヴィはこれを誤りだったと認めたのですが、「金融市場の価格はでたらめな動きが連なって形成されている」というランダム・ウォーク理論の先駆けといえるアイデアは評価されることがありませんでした。
アインシュタインがブラウン運動について解明したのが1905年であったのでファイナンスの方で先に考えが形成されていた事は面白いです。後の発展で否定されることにはなりますが、ランダム・ウォーク理論は正規分布としてばらつきが存在し、その変動の大きさをボラティリティと呼ばれます。
ランダム・ウォーク理論はいわば予測は不可能と言っているようなものでしたが、カジノ荒らしとして有名だったソープが目をつけたオプション取引での歪を見つけた裁定取引を実施しました。クオンツを呼ばれるものの先駆けでもあります。
モダンポートフォリオ理論
ルイバシュリエが亡くなった後、1952年にファイナンス理論の大きな転換点が起きます。「ポートフォリオ選択」というタイトルにてマーコウィッツが論文を掲載。資産運用において資産の振り分けに関する理論であり、期待リターンとリスクというような概念が登場します。
いわば分散投資の一番最初の提唱であり、よく効率的フロンティアという表現で期待リターンとリスクが最も効率よくなる資産配分が提唱されています。
ポートフォリオ理論において分散効果を測定する手法がやや複雑であったものを簡易的に行えるように発展してものがCAPMです。期待リターン=リスクフリー金利+株式リスクプレミアムとして、詳細はウェブ上にある様々な説明に譲りますが、これらの理論発展により、当時ウォール街を中心に銘柄推奨をして稼ぐいわばアナリストと呼ばれる人たちの存在価値が薄くなりました。
これらにより発生し始めたのがインデックス投資です。1973年に出版されたウォール街のランダムウォーカーでは、猿にダーツをして選んだ銘柄も結局は有名ファンドが選ぶアクティブ投資と大差無い、むしろ手数料など払ってマイナスではというような視点がもたらされます。
アクティブ投資はインデックスに勝てないのか?と言われるとバリュー投資で有名なグラハムやトッドなどの考えを受け継ぐバフェットは大きくインデックスに勝つ結果を残しています。これはファクター投資やアノマリーと呼ばれるポイントが大きいのではと言われており、アクティブ、インデックスどちらも良し悪しがあるようです。
リスクへの考え
ランダム・ウォークするのであればリスクをコントロールすることで利益を伸ばせるとのことからリスク管理の手法も発展していきます。JPモルガントップとなったウェザーストーンは当時のスタッフに毎日夕刻にリスクの状況を数値化してレポートする要求をしていました。リスクをリアルタイムに診断することは無理難題ではあるのですが、そこからVaR(バリュー・アット・リスク)という手法が生み出されます。
VaRの考えでは異常事態とも思える統計上起こり得ないと思われるリスクは極力排除して考え残りの99%のでの最大損失を検討するものでしたが、統計上起こらないと考えられるリスクは得てして予想外でありかつ被害も大きいものでした。「VaRショック」と呼ばれる2003年に発生した国際利回りの急騰する出来事が起きました。
リスク管理の手法としてナシーム・ニコラス・タレブのブラック・スワンという考えがありますが、その起点となる考えは1924年にワルシャワで生まれたマンデルブロのフラクタル理論でした。マンデルブロはフラクタルの考えもチャートを見ていた時に思いついたと言われているように市場価格への強い関心がありました。彼の大きな功績にランダム・ウォークの正規分布が本当に形成されるのかを調べ「安定分布」であると主張したことにあります。
市場から浮かび上がる3つのパターンがありファットテールと呼ばれる分布の外側の確率の高さを見つけました。
- 価格があまり大きく動かない頻度が高い
- それよりも少し大きな価格変動が起きる頻度が小さい
- 平均から大きく離れた極端な価格変動の頻度が高い
行動ファイナンス
市場は群衆心理の現れであり、行動ファイナンスの第一人者であるダニエル・カーネマンは1934年パレスチナ(現テルアビブ)で生まれました。フランスで育ち、ナチス政権の影響を受け戦後はイスラエルに移住しました。カーネマンとトベルスキーはヘブライ大学で教官となり、プロスペクト理論など行動ファイナンスの研究成果を挙げます。ファストアンドスローなどの書物も有名です。
人は与えられた選択肢によって判断基準を変えてしまう、利益を得られる局面ではより確実性の高い選択肢を好み、損失に直面する局面では賭博性を重視してしまうことなどを見つけ出します。
人は価格があがった株を良いと思ったり、小型株であるから過小評価したり、そもそも得られる情報が少ない株に対して評価を低く見積もったりなどの傾向も整理されてきました。
クオンツの発展
猿のダーツと揶揄されたヘッジファンドでしたが、統計的手法や人工知能などの分析からヘッジファンドも変化していきました。実績の挙げられている投資手法には以下の分類があります。
ヘッジファンドの成り立ちはアルフレッドウィンスロージョーンズが創設したファンドで、空売りを組み合わせてヘッジをすることがヘッジファンドの語源にもなりました。
ヘッジファンドの帝王と呼ばれたのは1930年生まれのジョージ・ソロス。ポンド危機において2000億円の利益を得たと言われています。
2015年にはHFTを行うバーチュファイナンシャルが上場を目指しており、開示情報において過去1238営業日のうち1237日で利益を出したと衝撃の情報が駆け巡りました。フラッシュ・ボーイズでも解説されているHFTはマイクロ秒単位の超高速取引において先回りで約定させる手法でした。
最近この世を去ったジェームズシモンズのルネサステクノロジーはクオンツの完成形とも言えるファンドでした。彼らの運用管理量、成功報酬は5&44と呼ばれ同業界のどのファンドよりも高い報酬を得ていましたがそれを差し引いても圧倒的な結果をリターンを叩き出しました。金融界の人間は雇わずに数学者、暗号解読などのプロたちにより数理モデルから利益を生み出すことに成功します。
感想
ファイナンス理論の歴史について一通り主要な事柄を学べる本でした。一つ一つのテーマに関してはもちろんとても詳しいというわけでは無いのですが、十分なレベルの深堀りでしたので投資を始めて全体像を掴みたいという人にはとても良い本に感じます。
このような出来事をつなげていく考えは変遷を知ることができ、つながりのある物語なのだなということも認識できました。流れを認識しておくことで、一つ一つの細かな物語にも思いを馳せることができますし、今までランダム・ウォーク理論はよく聞くなと思ってましたがそこがスタートであると言うことは知りませんでした。
ベンジャミン・グレアムの本でもありましたが証券分析の考えが発展する前のアナリストは猿のダーツみたいなもので、銘柄をとりあえず推奨してそれがどうなろうと知らない、といった時代もありました。今の時代がいかに整備されてきたのかも分かります。仮想通貨などを見るとまだまだ整備されていない時代であるとは思いますが、つい50年、100年前には株式投資がカジノ的なものと思われていた事を考えるとこれからより整理されていくのでしょうか。
年末までに金融関連本の積読を少しずつ解消していければと思います。
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